Sweets Collection

□メガネ
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「珍しいなこんなとこに。着替えてコンタクトに変えたあと置き忘れたのかな。ということはもう来て店に出てるんだ」

ここにメガネがあるということは、今京野はこちらも店の制服であるメイドっぽいエプロンドレス姿ということだ。

塚佐はそっと眼鏡を手にして見る。
京野の色白な顔立ちに細いシルバーフレームは似合っている。

そういえば、初めてキスしたのは、二人でケーキ作りをしていたときだったと思い出す。
その日はアンジェリカの定休日だったが信川に断り厨房を使わせてもらっていた。
京野は店の制服に着替えてはいたが、店頭に立つわけではないのでメイクまではせずに、また眼鏡もかけていた。

まだツンツンばかりでデレなどそれほど見せてもらえていないころだ。
まして自分の気持ちを告げてもいない、ただの先輩と後輩。

しかし、京野がこれほどだとは微塵も予想すらしなかった不器用をその後目の当たりにした。
卵割りを頼めば握り潰すか殻ごとボールに入れてしまい、生地の混ぜ合わせを頼めば辺り一面粉を飛び散らせるという。
普段の取り澄ました雰囲気はこれっぽっちもなく、眉尻を僅かに下げ気まずげに俯いて。

眼鏡のレンズ越しに睫毛が震えているのが見えたときは、ごくりと生唾を飲み込んだ。

あれは凶器だ。
可愛いにもほどがある。
そんな想像以上の可愛いらしくも愛らしさにあっさり自制心は崩壊していく。

顔にまで飛んだ粉を拭ってやるうちに、ぐるぐる感情が暴走始め、そして目の前のぷるんとしたチェリーピンクの唇を「ロックオン」と思った瞬間、自我はコントロールを失い堪らず――。

我に返ったのは耳元で上がった盛大な殴打音と頬に走った痛みによってだった。
おそるおそる京野を見れば、目元を朱に染めていた。

何てことをしてしまったのだと頭の中が真っ白になった。悔恨と羞恥、耐え切れず文字通り逃げるように家に帰った。
情けないに尽きた。
今にして思えば、京野への自分の思いをはっきりと自覚したできごとだった。

しかし京野の気持ちを一切無視でいきなりキスをしてしまったのは、順番違うだろ、と今でも突っ込みたい。
自分が多少人より妄想癖があるのは自覚するところだ。
しかしなぜあんなタガが外れたように行動してしまったのだろう。

「眼鏡かあ。案外コレが原因?」

眼鏡に並々ならぬ萌えを感じる人もいると聞く。
これまであまり意識したことはなかったが、果たして自分もか?

眼鏡をかけた京野を思い浮かべてみる。

「ダメだ。どんな格好してたって、それが理留さんならって思うと……」

 
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