Sweets Collection
□アラカルト(前編)
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「けど姉さん」
しかし、いくら何でも雑誌のモデルは――。
『身元は絶対ばれないようにするから。お願い、引き受けて。その店のオーナーがね、ちょっと変わってて。店のケーキも食べられないお飾りのようなモデルに紹介されるのは嫌だって言うのよ。本当に美味しいって思ってくれないとって。だから食べているシーンを撮影することが条件なの。――ケーキの味は保証するから』
味は保証する。
姉の一言は効く。
自身のブログでも全国食べ歩きスイーツを紹介している聖佳の舌は、理留も認めるところだ。
「何ていう店?」
スイーツ大好き者の血が騒ぎ始める。
『オレンジストーンビルのパティスリー・メルモよ』
ここから地下鉄で八分の商業市街地の北。
南北に伸びる幹線道路から一本裏に入ったファッションビルに入っている店だ。
「ああ、あそこか。美味しいって評判だよね。今までメディア紹介されたことなかったんじゃない?」
『そうなの。だからスイーツ編集部イチオシで絶対紹介したいのよ』
店が出した条件をそのまま飲むほどに、ということのようだ。
「なら、タダで、とは言わないよね?」
店の名前を聞き、もうほとんど行く気になった理留だったが、一応聞いてみる。
姉に感謝している気持ちにウソはないが、引き受けるとなると、生じるかもしれないリスクも考えなければならない。
何といっても女装姿を公に晒すのだ。
『分かった。プリンスレイトンホテルのスイーツ食べ放題』
この地方屈指のレイトンホテルのスイーツは世界的にも有名なパティシエ野々村晴人がシェフをしている。
「どうしようかな。野々村晴人のスイーツはそりゃ魅力的だけど」
調子に乗った理留は、もう一声、と暗に滲ませた。
『足元見たな。じゃあレイトンの宿泊券。それもペアにしてあげる』
ペアというのが心憎い。
交渉成立、思いのほか好条件が引き出せた。
だがもう一つ確認しておく。
「了解。当然、モデル料ももらえるよね?」
『いつからあんた、そんなに世知辛いこという子になった』
「だって、大学生って高校と違って何かと物入りなんだよね」
電話の向こうで姉の溜め息が聞こえたがここは気にしないでおく。
こっちは午後の講義をサボることになるのだ。
『分かった分かった。もうそれでいいから、早く向かってよ。着いたら、そこに加地っていう編集がいるから、あとは彼女に従って』
携帯電話の番号をメールしておくと言って、聖佳との電話は切れた。