Sweets Collection
□アラカルト(前編)
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「はあ? 何だって?」
京野理留は、耳に当てた携帯電話から聞こえた声に聞き返す。
昼食を済ませ、午後からの講義ため、大学構内を歩いているときだった。
この春、高校を卒業した理留は無事志望校に進学を果たし、今は花の大学一年生。
ターミナル駅に程近い名知大に通っている。
『だからね、モデル頼まれてよ』
電話の相手は九つ年の離れた実姉、聖佳だ。
「モデルって、何それ? 本気で言ってるの?」
『もちろん本気。あんたしか頼めない』
聖佳はスイーツ雑誌の編集をしていた。
それが縁で知り合ったパティシエの信川と結婚し、日々忙しくキャリアを重ねている。
「けど、ぼくは今から講義入ってんだけど?」
『そこを何とか。こっちも急なことでモデルの手配つかないのよ』
姉の言うことはこうだった。
同じ出版社のティーンズ向けファッション誌とスイーツを題材にコラボ企画をすることになったが、取材先の店から出された条件をモデルが嫌がり、撮影現場で揉めているらしい。
「だからって、他に当てはないの? ぼくは素人だよ?」
『大丈夫。多少のことは目を瞑るって。撮影は今日しかできないし、ケーキ完食できる子ってすぐにはつかまらないのよ』
メイクして仕上げればそこそこ見栄えもするし、と続ける。
「ケーキ完食って。それに何? つまり、ぼくに女の子の格好でモデルをやれと言うの?」
『大丈夫よ。言われたとおりにケーキ食べてちょっと笑ってくれればいいんだから。あんたならできる。あんたしかいない』
姉の返事に、理留は電話越しでも分かるように大仰に溜め息をついた。
確かに大抵のケーキなら人の倍は食べてしまうし、女の子の格好をするのはやぶさかではない理留だ。
一応男子だが、ほっそりとした肢体、中性的な顔立ちで、これで着る物を誂えメイクも施したら完璧女子にしか見えなくなる。
しかも理留自身、そんな容姿を活かすべく、「ふわふわした甘い少女のような服が好き」と、従来の趣味も高じ、プライベートではあまり大っぴらに言えない「女装」を楽しんでいる身だった。
もちろん姉はこの趣味を知っている。
男子では買い難い女性物の衣服を調達してくれる大切な理解者だ。
理解者といえば、姉の夫、義兄の信川も。
そして最大の支えとなっている一つ年下の恋人、塚佐雄大。
同性のこの恋人のことは、姉夫婦も公認してくれている。
だから日頃の感謝も込めて、自分ができることなら協力したいところだが。