けいおん!!!

□君と書いて「愛」と読もう。
1ページ/3ページ

人間を拾った。
雨が降りしきる帰り道でのことだった。

大学卒業後、就職した私は仕事に追われる毎日を過ごしていた。

仕事から帰っては、食べて寝て仕事に行く。

寝て帰るだけの誰もいない家。
何1つ楽しみもない、つまらない毎日。

仕事から帰って来た私は疲れていた。

くたびれたグレーのスーツによれよれのYシャツ。
すり減った黒のパンプス。
ベージュのストッキングは電線していた。

真っ直ぐ会社から自宅へと帰る帰り道。

早く家に帰って休みたい。

私は雨が降る中、赤い傘を差しながら歩いた。水しぶきが身体を濡らしていく。

もう秋だと言うのに…

雨ばかりで嫌になる。

家まであと少しの所で私はゴミ捨て場のごちゃごちゃしたゴミ袋、雑誌、ダンボールの中で冷たい雨に打たれながらも眠る1人の女の子を見つけた。


もしかしたら、私の見間違いかもしれない。

私はタイピングで疲れたドライアイに悩まされている目を擦って、もう一度それを見てみた。

いや、確かに人だ。
人がゴミにまみれて捨てられている。

ダンボールの中で眠る女の子の顔は安らぎに満ちていた。

ダンボールには油性のマジックでゆいです。拾ってくださいと走り書きで書いたのか汚い字で書き殴っている。

赤ちゃんポストは聞いたことがあるが、私と同じ成人した女の子が捨てられているなんて信じがたい。

私の目の前の現実は余りにも非情だ。


「大丈夫…?」

私は眠る女の子の肩を揺すった。
呼び掛けても疲れているのか反応はない。死んではいない筈…。

彼女が身に付けているのは、ボロボロで汚れたTシャツとGパンのみ。

秋だというのに何だこの軽装は。

ここで雨に打たれていては風邪を引く。

取り敢えず、彼女をおぶって自宅に帰ることにした。

彼女の身体は雨で濡れていて、水分を含んだ服は重かった。

細い手足を見ると所々に擦り傷や打撲の後があり、裸足で何日も歩いたのだろう。

背もさほど変わらないのに彼女は女の私が軽々おんぶ出来る程に軽かった。


何とか自宅に着くと、私は彼女を洗面所へと運んだ。


「名前は…ゆいだったな。ゆい、ゆい」

壁にもたれさせた細い肩を揺する。

暫く呼び掛けながら揺すっていると、長い睫毛がぴくりと動き、ゆっくりと目を覚ました。

「…良かった。風邪引くからうちに連れ込んじゃったけど大丈夫だったかな?」

バスタオルで濡れた髪をタオルドライしながら話し掛けてみるが、彼女の返事はない。

「あ…あ…」

ただ、口をパクパクさせて言葉にならない声を出すだけだった。

もしかして…


「喋れないのか…?」

頭に掛けたバスタオルの上から頭を撫でる。
顔を覗き込むと、彼女はゆっくりと頷いた。

しかし、障害があったとしても手話を使っている訳でもない。
ということは…精神的にショックなことがあり、一時的に話せないだけかも知れない。

私は何故話せないのかという理由は聞かずに、ただ彼女の頭を撫でた。

「そう言えば、自己紹介がまだだったね。私は澪。秋山澪。えっと…確か…名前はゆいだったね?」

こくり、彼女は首を縦に振った。

「汚れてるみたいだし、お風呂で綺麗になろうか?タオルや着替えは用意してあるから自由に使ってね」

ポンと軽くゆいの頭を叩いて、自分の分のタオルと着替えを取りに行こうとしたら、くぃっとシャツの袖を引っ張られた。

「…?どうしたんだ」

振り返るとゆいが悲しそうな目でこちらを見ていた。
少しだけ高い私を上目遣いで見上げている。

「汚れてるんだからここにいて?すぐ戻るよ」

ゆいは少し考えてからこくりと頷いた。
くしゃりとゆいの髪を撫でると、私はタオルと着替えを取りに行った。

「ゆい、お待たせー…」

自室からタオルとパジャマを取りに行った後、洗面所に戻るとゆいが産まれたままの姿で正座していた。

「なんで正座…待っててくれたのか?」

私の問いにゆいは大きく頷く。
そうか、ありがとなと微笑んで、私はゆいの頭を撫でた。

「……」

細く白い身体には擦り傷や切り傷、打撲の後…歩き回っていたにしては…傷が古いし、数が多い。

私は確信した。
ゆいは誰かに暴力を受けて言葉を失ったのだと…。

「ゆい…」

私は縮こまったゆいの身体を優しく抱き締めた。ぴくりと身体を強ばらせるゆい。

「大丈夫だよ、もうゆいを傷付ける人はいないから。私がゆいを守るから…」

抱き締めた腕に力を込める。
ゆいは小さく頷いて、抱き締め返した。



「ほら、髪乾かすぞ」

お風呂から上がると、ゆいに自分の服を着させた。ちょっとゆいには大きかったようだ。

ゆいは私の腕の中にすっぽりと収まっている。
すっかり気を許したのか、ゆいは私の後を付いて周り、どこへ行くにも付いて来た。

まるで…

「犬みたい…」

くすりと笑うと、ゆいの髪をドライヤーで当てながらくせ毛の髪を櫛で梳く。

「くせ毛だなぁ」

ゆいはドライヤーの音がうるさかったのか、ぎゅっと目を瞑り、耳を塞いでいた。

髪を乾かし、ゆいの頭を撫でると、私はキッチンに向かった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ