DDFFの篭

□君がいた夏
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その公園での出会い以来、ラグナはヴァンの勤めるコンビニを意識的に利用するようになった。
無論会えないことも多かったが、ガラス越しに揺れる白金色の髪を見つけた時は、心が弾んだ。


なんだよ、俺。
三十になるおっさんが、まるで女子校生みたいじゃないか。


ラグナは自分でそうツッコんでみたものの、日ごとにヴァンの存在は心の中で大きくなっていった。
それは、幼いころ大事にしていたおもちゃを見つけたような気持ち―――懐かしくて愛しくて、心がふわりと温かくなった。「おはよう」とか「今日も暑いな」とか、カウンター越しにヴァンと交わす何げない会話が、ラグナの疲れた心を癒した。
そして二週間が経つころには大体のヴァンのシフトがわかり、二人は時間を合わせて公園で休憩をしたり、スコールの餌やりをするようになった。



「ねえ、なんでスコールって名前にしたんだ?」
ベンチの背もたれに頬杖をついて、餌を食べるスコールを見ながらヴァンが尋ねた。
「コイツの毛並みって、ふさふさでライオンみたいじゃん。オレなら『レオ』ってつけたかも。」
その質問に、ラグナはスコールを見た。
「コイツとの出会いが、雨の日だったんだよ。土砂降りのまさに『スコール』みたいな日。」
「へ―、そうなんだ。」
相槌を打つヴァンに、ラグナは少し遠い目で話し出した。
「猫は雨を嫌うってのに、スコールは土砂降りの中ここに立って天を睨みつけてた。雨に濡れそぼって、こんなりっぱな毛並みだなんて分からなかったんだ。」
「アハハ、コイツらしいな。なんか目に浮かぶよ。」
笑ってヴァンがスコールのふさふさの毛を指先で撫でた。
すると、たちまちスコールがフーッと牙をむいて威嚇した。最近ではスコールもヴァンに慣れて、ラグナの隣にヴァンが居ても姿を現すようになっていたが、馴れ合う気はさらさらないようだった。
「ゴメン、ゴメン。そんな怒るなって。」
ヴァンは苦笑しながら、スコールに謝った。スコールは、もう一度ヴァンに威嚇するように歯を見せると、また餌を食べ始めた。
その様子に、ラグナは肩をすくめた。
「本当に、コイツは猫というより小さなライオンだな。”こたか”の獅子って感じだ。」
「こたか・・・?もしかして、孤高のことか?」
怪訝な顔のヴァンに、ラグナはパッと頬を染めた。
「え?あ、そう!”ここう”とも言うよね〜。」
「そうとしか言わないよ。もうラグナ、そんなんでよく出版社勤まってるな。」
ラグナの漢字の読み間違いはいつものことで、呆れるより心配するヴァンに、ラグナは頭をかいた。
「人には得手不得手があるんだよ。」
「出版社に勤めてんなら、そこ得手じゃなきゃダメだろ。」
「あ、するどい。」
ヘラリと笑うラグナに、ヴァンは肩をすくめて立ち上がった。
「ほんと、あんたって面白いな。」
「真顔で言うなよ。」
本気で傷ついた顔をするラグナに、ヴァンはふわりと笑った。


あ、この笑顔だ。


ラグナは、ヴァンの笑顔に眩しそうに目を細めた。
初めて会った時から、ラグナはこのヴァンの笑顔に惹かれていた。夏の空のように青く晴れ渡った笑顔。キラキラと眩しい光をラグナの胸に投げかけてくる。
もっと、この笑顔が見たいと思う。
もっと近くで、自分だけに笑いかけて欲しい―――と。


「ラグナ?」
ヴァンの怪訝そうな声で、ラグナは我に返った。自分が今考えていたことに狼狽しながら、慌てて鞄を持って立ち上がった。
「ごめん、俺そろそろ行くわ。」
ラグナはヴァンと目を合わさないまま、急いでその場を離れた。またヴァンと目が合ってしまえば、自分が何を考えてしまうか怖かった。
「じゃ、またな。」
背中にかかるヴァンの声に、ラグナは振り返らないままで手を振った。
その小さくなる後ろ姿を、ヴァンは目を細めて見送った。






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