DDFFの篭

□ラグヴァン短編集
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その頃、ヴァンとラグナは二人で温泉に入ろうとしていた。
「あれ、カインは?」
ベストを脱ぎながら聞くヴァンに、ラグナは肩をすくめて答えた。
「辺りの見回りするんだってさ。ほんと、真面目だよねぇ。」
「ほんとだな。ラグナも少し見習えば?」
「おおっと、聞き捨てならないな。それじゃあ、まるで俺が真面目じゃないみたいだけど?」
「その通りなんだけど。」
澄ました顔で答えて、ヴァンは温泉に入った。
小さな温泉だが底は意外に深く、少しかがんだだけで十分肩までつかれた。湯の色は乳白色で、肌にピリピリとする刺激が心地よかった。
「あ〜、温まる!」
ヴァンが泉のふちにもたれながら、感嘆の声を上げた。
「な、回り道もイイことあっただろ?」
少し熱いくらいの湯につかりながら、ラグナはヴァンに得意そうに言った。
「何言ってんだよ。ラグナが道間違えなかったら、こんなに疲れなかったろ!」
ヴァンは、お湯でばしゃばしゃ顔を洗いながら、返事した。
「あ〜、そんな事言うかね〜。」
傷ついたように、ラグナは肩をすくめた。
「だって、ホントのことだろ。」
ヴァンは、今度は髪を洗いながら言った。
「年長者に対する思いやりってもんが、まったくないね〜、ヴァン君には。」
「年長者なら、年長者らしくしろよな。」
ラグナの嘆息など、気にもとめずにヴァンは返した。
「はい、はい。すみませんでしたね。」
拗ねたように、ラグナは夜空を見上げた。
丸い月が冴え冴えと青く輝いている。
聖域への目印の白い塔が、月の光に照らされて淡く光を放っていた。


ふと頬にかすかな息がかかり、ラグナは視線を月から自分の横に移した。
ヴァンが、いつの間にか息がかかる程近くに来て、まじまじとラグナを見つめていた。
「ヴァン君?なんか、すごく近いけど?」
「うん・・・。」
ヴァンは生返事をして、空色の瞳を大きく見開いて更にラグナを見つめる。
「なんだよ、一体?」
戸惑いながらも、ラグナはヴァンの視線を受け止めた。
月夜の光を浴びて、洗ったばかりのヴァンの金糸の髪が美しく輝いている。
そして、大きな空色の瞳には戸惑う自分の姿が映っていた。
薄く開いた唇は、淡い赤に色づき、頬にかかる息がくすぐったい。
(まるで、キスをする距離だ。)
ふと、ラグナの脳裏にそんな考えが浮かんだ時、誘うようにヴァンの瞳が閉じられた。
「ヴァン・・・。」
思わず、ラグナはヴァンに口付けた。
触れ合った唇は柔らかで、暖かかった。
更にその唇を味わおうとした時、ものすごい勢いで、ヴァンがラグナを突き飛ばした。
「バ、バカ!ラグナ、何すんだよ?!」
「いってぇ・・・。」
背中を強打して、その痛みにラグナは顔をしかめた。
ヴァンは、顔を真っ赤にして口を押さえている。
「何って、キスだよ。あんなに顔近づけるから。」
「なんで、オレにキスなんかすんだよ!バカラグナ!」
「あれ?キスしてほしくて顔近づけたんじゃないの?」
「違うよ!ラグナって幾つなのかと思って、見てただけだよっ!」
「なんだ、紛らわしいことすんなよ〜。」
カラカラと笑うラグナと違って、ヴァンは恥ずかしさに身体を震わせている。
「もう、オレ出る!!」
ザブリと勢い良く温泉から飛び出たヴァンの身体は、湯のせいか羞恥のせいか、淡いピンクに染まっていた。
「お〜い、良く身体拭けよ。湯冷めすんなよ。」
からかうようなラグナの言葉に、ヴァンは更に身体を赤く染めた。
「うるさい!分かってるよ!」
大急ぎで着替えて、温泉から立ち去るヴァンと入れ替わりに、カインが姿を現した。
「どうしたんだ?ヴァンは。」
走り去るヴァンを見送りながら、カインはラグナに尋ねた。
「さあね、のぼせたんじゃない?」
ラグナは、のんびりと湯を身体にかけながら笑って言った。
そんなラグナをカインが訝しげに見つめた。
「本当にそれだけ、か?」


その問いに、ラグナは一瞬いつもの笑いを引っ込めた。
そっと目を閉じる。
瞼の裏には、先ほどの淡く染まったヴァンの顔としなやかな身体が、驚くほどの鮮明さで甦った。
その残像を頭を振って消すと、ラグナは夜空を見上げてポツリとつぶやいた。
「あるいは、月夜の悪戯だったかもな。」
「ラグナ?」
らしくないラグナの様子に、カインは眉をひそめた。
だが、ラグナは月を見上げたまま、もう返事をしなかった。



〜FIN〜



(2011/5/2)

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