四の篭(拍手、イベント)

□FF12発売5周年企画 参加作品
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*FF12発売5周年企画 参加作品*


〜明日の向こう側〜



旅の途中で立ち寄った町は、田舎の小都市ながら、なかなか賑やかな町だった。
一行が、今夜の宿に決めた宿屋は、人の良さそうな年配の夫婦が営んでおり、小さいながら清潔で家庭的な暖かさがある宿だった。
「あ〜、久しぶりのベッド!気持ちイイ〜!」
ヴァンは部屋に入るなり、三人部屋の時にはヴァンの定位置の窓際のベッドにダイブした。
「おい、行儀が悪いぞ。」
バルフレアは、端整な顔をしかめてヴァンをたしなめた。
そして、服のほこりをきちんと払ってから、やはり定位置の真ん中のベッドに腰掛けた。
「だってさ〜、ベッドなんて何日ぶり?」
ヴァンは気にせず、ふかふかの枕に顔を埋める。
「あ〜、この枕イイにおいがする。」
そんなヴァンを見て、バッシュは装備を解きながら、笑って言った。
「宿の主の人柄が出ているのだな。実に気持ちが良い宿だな。」
「なんか、家にいるみたい・・・。」
語尾があくびになり、ヴァンはこのまま寝てしまいそうな様子だ。
「おら、今寝ちまったら晩飯食いっぱぐれるぞ!」
後頭部をバルフレアに軽く小突かれて、慌ててヴァンは身体を起こした。
「ダメダメ!宿のおばさんが、今日の晩飯においしいデザート出すって言ってたんだ!」
そのヴァンの色気より食い気の勝った様子に、バルフレアはこっそり溜め息をついた。


宿の食堂で出された夕食は、素朴で家庭的な料理の数々だった。
ゴロリとした野菜を煮込んだシチューは熱々の湯気をたて、焼きたてのふかふかパンはお代わり自由でヴァンを感激させた。
香ばしく焼き上げられた肉料理は、バルフレアの肥えた舌を満足させ、優しい味わいの魚料理はアーシェの食を進ませた。
「なんだか、お母さんの手料理を思い出す・・・。」
パンネロは食べながらうっすら涙ぐんで、宿の女将を大いに慌てさせた。
「まあ、お嬢さん!どうしましょう?」
ふくよかな身体をした女将は、大きな身体を縮めるようにして恐縮した。
「バカ!泣くなよ、パンネロ。おばさんが困ってるじゃないか。」
そうパンネロを叱りつけたヴァンだったが、内心は幼い頃の食卓を思い出して、胸がキュッと切なくなっていた。
それほどこの宿は、優しく家庭的な暖かさに満ちていた。
そんな騒ぎもあって、夕食が終わる頃には、宿の主人夫婦とヴァン達一行はすっかり打ち解けていた。
旅行シーズンではないこともあり、他の泊り客は二組だけと少なかった。その人達も、食事が終わると早々に部屋に引き上げ、残ったのはヴァン達一行だけになった。
「よかったら、お嬢さんを泣かせたお詫びに、一杯いかがですかな?」
宿の主人が、にこやかな笑顔で酒とグラスを持ってテーブルにやってきた。その後ろからは、女将が酒の肴と子供達用のジュースとお菓子を運んできた。
「これはお気を使わせて、申し訳ない。」
バッシュが律儀に頭を下げて礼を述べ、ささやかな宴が始まった。


宿の主人夫婦との宴は、和やかな雰囲気で過ぎていった。
やはり商売柄、人を見る目が肥えているのだろう。一行の仔細ありげな様子を察し、主人は話題を上手に選んで、場を盛り上げてくれた。
そんな時、女将が出してくれたクッキーを食べながら、ヴァンがポツリとつぶやいた。
「おばさん達の子供って、幸せだな。」
不意に静まる一同。
場の雰囲気が変わったことに気付いたヴァンは、ぱっと顔をしかめた。
「あ、ごめん!オレ、また、やっちゃった?!」
フランの年齢発言以降、ヴァンの失言は本人も自覚ありだ。
だからといって、治った訳ではなく、アーシェやバルフレアの逆鱗に触れることは未だにある。
「あら、光栄ね。そんな風に言ってもらえて。」
柔らかく微笑みながら、女将は言った。
それにホッとして、ヴァンは笑いながら付け加えた。
「もしオレが子供なら、すげぇ自慢する!ここの宿、最高だって!」
すると、女将の笑顔がぐらりと揺れた。
「でも、私達の息子は兵士になりたいって、ここを出てしまったのよ。」
「あ・・・、ごめんなさ、イタッ!」
調子に乗って、やっぱり失言してしまったヴァンは、テーブルの下でパンネロに思いっきり足を踏まれた。
「気にせんでくださいよ。この町は小さくて、産業もない。息子には、それが先のないように思えたんでしょう。」
思いっきり周りのメンバーから非難の眼差しを浴びて、すっかり小さくなったヴァンをかばうように、宿の主人は話し出した。
「そんな時、たまたま泊まった帝都の人と、息子が意気投合したのですよ。」
帝都と聞いて、今度はヴァン達一行がギクリとする。
だが、夫婦は遠い目をして息子を思い、それに気付かないようだった。
「その人から、帝国兵の仕官の口を紹介されましてね。一年前に息子は出て行きました。今は・・・確か、ラバナスタにいると、この前の手紙に書いてありましたかな。」
「え?ラバナ・・・つっ!」
思わず大声を出したヴァンは、今度はバルフレアに思いっきり足を蹴られた。
そんなヴァンを気の毒そうに見て、女将は言った。
「ええ、ラバナスタよ。あなたの衣装もラバナスタのものね。ご存知ないかしら?息子はシャルアールという名前なのだけど。」
「何言ってるんだ、王都は広い。ご存知な訳ないだろう。」
妻をたしなめる宿の主人に、ヴァンは慌てて椅子から立ち上がって言った。
「知ってる!おじさん、おばさん、オレ達シャルアール知ってるよ!」
「え?ご存知なのですか、息子を?」
驚く宿の主人夫婦に、ヴァンはくしゃくしゃの笑顔で、頷きながら叫んだ。
「帝国兵なのにさ、スゲーいい奴でさ、オレ達あいつの依頼でワイバーンロードを倒したんだよ!」
「バカ!そんな話し方でわかるか!」
興奮して、一方的にしゃべるヴァンをバルフレアが叱りつけて、拳骨を落とした。そして、バッシュが代わりに自分達とシャルアールの関わりを説明した。

自分達は女将の推測通り、ラバナスタから来た。
ラバナスタに赴任したシャルアールは、帝国兵でありながらラバナスタの街を愛してくれている。
そして、砂漠の任務中にワイバーンロードという竜を見かけ、その竜にラバナスタが襲われることがないよう、自分のポケットマネーでモブ討伐以来を出した。
そして、その依頼を引き受けたのが自分達だったのだ、と。

「そうだったのですか。」
バッシュの説明を聞き終えた宿の主人夫婦は、ほぉっと一つ息を吐いた。
「しかし、不思議な縁でお客様達にはお泊りいただいたのですな。実は、この宿は後一月で止めようと決めたところだったのですよ。」
「ええ!なんで?!」
途端に、ヴァンがびっくりして、また椅子から飛び上がった。
そんなヴァンに、女将は寂しそうに微笑んで言った。
「シャルアールが出て行ってから、何だか人との出会いが怖くなってしまってねぇ。
うちが宿屋でなければ、息子は出て行かなかったかもしれない―――そんな風に考えるようになってしまったのですよ。」

宿屋でなければ、帝都の人間と息子は出会わなかった。
その出会いがなければ、息子は帝国兵になることもなかったのではないか?
人の良い二人は、誰を恨むことできずに、自分達を責めたのだろう。

「そう考えたのが今朝のことで、来月の息子の誕生日までは頑張ってみようか、と。そんな時に、あなた方がお泊まりくださった。」
泣きそうな顔をして聞いているヴァンとパンネロに、夫婦は優しい眼差しを向けた。
「ああ、そんな顔をしないで。もう、止めようなどと考えていないから。あなた方と出会えて、私達が間違っていたと分かりましたから。」
そう聞いて、ヴァンとパンネロはホッとした顔になった。
そんな二人に、宿屋夫婦も安堵の表情を浮かべた。
「シャルアールが、あなた方を引き合わせてくれた気がしますよ。これも、うちが宿屋だからのご縁ですね。」
「そうだよ。おじさん達が宿屋じゃなきゃ、オレ達とは会えなかったじゃん!」
嬉しそうにヴァンは、鼻の下をこすりながら言った。
「ヴァンにしては、正論ね。」
そんなヴァンを、珍しくアーシェがからかい、皆は大笑いした。
笑われて、少しむくれた顔をしたヴァンだったが、皆の笑顔に自分も笑い出した。
そして、宿屋の主人夫婦に明るく言った。
「オレ、今度ラバナスタに帰ったら、シャルアールにこの宿泊まったこと言うよ。スゲーいい宿だって。おじさん達も、何か伝えてほしいことある?」
そのヴァンの申し出に、しばらく顔を見合わせた夫婦は、やがてにっこり微笑むと言った。
「私達は元気でやっていると―――、そしてお前も頑張れと伝えてくれますかな?」
「うん、任しといて!」
ヴァンが胸を叩きながら、答えた。
「ちゃんと覚えておけよ。忘れんな。」
いつものようにバルフレアが茶化せば、これまた、いつものようにヴァンが口を尖らせる。
「うるさいな!大丈夫だっつーの!」
そのまま二人の言い合いが始まり、他のメンバーはやれやれと肩をすくめて背を向けた。
そんな一行の様子を、楽しそうに見ながら、宿屋夫婦は身体を寄せ合わせた。


つかの間の幸福な時は、ゆっくりと賑やかに更けていく。
まだ見ぬ明日を、新しい出会いを、待ちわびながら―――。



〜FIN〜


(2011/5/1)

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