一の篭(本編沿い)

□ALL AT SEA
1ページ/4ページ



** ALL AT SEA **



ヴァンは、下を向いて唇を噛み締めた。
先ほど言われたバルフレアの言葉が、木霊のように耳に何度も甦る。その度に、胸は重く締め付けられ、耳が熱く燃えた。
海の近くの宿の部屋には、穏かな波の音が届き、淡いオレンジの夕陽が部屋を暖かく満たした。
だが、ヴァンは青ざめた顔で、冷たく凍てついた心を抱えて、言葉もなく立ち尽くしていた。



ことの発端は、フォーン海岸に着いた時のこと。
徒歩で険しいモスフォーラ山脈を越え、次に迷路のようなザリカ樹林を抜けて、ようやく辿り着いたフォーン海岸。疲れた足を引きずってハンターズキャンプに入り、一行はやっと一息ついた。
このフォーン海岸に入ってから、ヴァンはずっと海に近付きたくてウズウズしていた。だが、波打ち際には鋭い牙を光らせたピラニアがウヨウヨと泳いでいて、バルフレアから近付くことを禁じられていた。
そこで、やっとモンスターのいない安全なハンターズキャンプにつくと、ヴァンは歓声を上げながら海に向かって駆け出した。
「海だーーー!」
白いしぶきを上げて打ち寄せる波は冷たく、きらきらと輝く海は広く大きかった。
手で海水をすくって、ヴァンは少しだけ舐めてみた。ダラン爺の本で読んだ通り、しょっぱい。自然と笑みがこぼれた。
「波に気をつけるんだぞ、ヴァン!」
後ろからかかったバッシュの心配そうな声に、ヴァンは笑顔で振り返った。
そして見たのだ―――バルフレアがアーシェの手を取り、何か話しているのを。
見てはいけないものを見た気がして、ヴァンは慌てて顔を背けた。
胸の奥が、ザワッと音をたてて波立った。
先ほどまでの高揚感は、あっという間にどこかへ消し飛んでしまった。足元が崩れるような気がしたのは、寄せてはかえす波のせいだけではなかった。
心に小さな棘が刺さったまま、ヴァンは日中を過ごした。ひどく落ち着かない感じで、その棘はチクチクといつまでもヴァンの胸で痛んだ。
ようやく夕方、宿の部屋でバルフレアと二人になれた時に、ヴァンは堪らず昼間のことを問いただした。
「何でもない」―――と。
ただその一言が聞きたかった。
それなのに、バルフレアの口から返された言葉は、「お前には関係ない」だった。
「関係ないって、何だよ?」
震える声で聞くヴァンに、バルフレアは不機嫌そうに答えた。
「そのままの意味だ。お前に言う必要ない。」
その言葉の冷たさに、有無を言わさぬ拒絶に、ヴァンは打ちのめされた。鼻の奥がツンとして、涙を堪えるのが精一杯だった。
「ああ、そう。わかった。」
短く言うと、ヴァンはバルフレアに背を向けた。
いつもの口喧嘩であれば、ヴァンが拗ねて背を向けると、バルフレアは笑いながら後ろから抱きしめてくれた。そして、「仕方のない奴」と言うように、ヴァンの柔らかな髪を荒っぽく掻き混ぜた。
だが今日は、その背中にバルフレアの声がかけられることも、たくましい腕が回されることもなかった。



バッシュが、二人に遅れて部屋に入ると、室内は不穏な空気に包まれていた。
大きな窓辺に佇み外を眺めるヴァンと、自分のベッドで専門書を読むバルフレア。それは珍しい光景ではないが、二人の間に流れる空気が氷のように冷たい。
ヴァンの背中に不自然に力が入っているのに気付いて、バッシュは内心溜め息をついた。
また、喧嘩をしているのか―――と。
ヴァンとバルフレアの喧嘩は、日常茶飯事のことだった。だが、『喧嘩するほど仲がいい』の例えがあるように、要はじゃれあっているだけのことが多かった。
今度の原因は何だろうか。あまり手間をかけずに、早く仲直りして欲しいと、その時のバッシュは、軽く考えていた。
「何を見てるんだい、ヴァン。」
重い雰囲気を変えるつもりで、バッシュは声をかけた。
「海。大きいなぁって。」
振り返らずに答えたヴァンの声は、感情のこもらない虚ろな声だった。
バッシュは、わずかに眉をひそめて、ヴァンの横顔を覗き見た。すると、いつもの快活さはなりを潜め、ひどく傷ついた横顔が見えた。
こうなると、バッシュはヴァンを放ってはおけなかった。それがもう一人の機嫌を損ねると分かっていても、傷ついた少年を構わずにはおれなかった。
「夕食まで少し時間がある。辺りを見回りに行くが、ヴァンも行くかい?」
バッシュが誘うと、ヴァンはおずおずと振り返った。
「オレも一緒に行っていいの?」
どこか不安げな顔のヴァンに、バッシュは優しい笑顔で頷いた。
「勿論だよ。」
こうしてバッシュとヴァンは、連れだって部屋を出た。
バルフレアが一人残された部屋には、不機嫌そうな舌打ちが短く響いた。





★題名「ALL AT SEA」=全く途方にくれて・・・という意味です

尚、文中の「海だーーーー!」は「うぇみだーーー!」と読んでくださいね^^

.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ