一の篭(本編沿い)

□アルシドという男
1ページ/2ページ



** アルシドという男 **



アルシド・マルガラス。
二十七歳。性別、男。
ロザリア帝国を支配するマルガラス一族に生まれついた。
皇位継承者の候補のひとりであるものの、残念ながら、彼が皇帝になる可能性はほぼ0に等しかった。
だが、彼はそれを不満に思ったことはない。
期待されてない分、アルシドには自由が許された。軍部を左右する力はないが、諜報員たちを束ねる立場であり、その立場を生かして自由に各国を訪問した。
本来なら、交わることのない敵国の皇子ラーサーと極秘裏に通じているのも、その為だった。
そして、今――――。



「ダルマスカの砂漠には、美しい花が咲くものですな。」
アルシドは大仰に膝まづくと、目の前のダルマスカ王女アーシェの手をとり、口付けた。
未亡人と聞いていたが、まだ十代の王女は若く美しかった。大きなグレイの瞳は、強さと哀しみを秘めている。
(なかなか興味深い。)
アルシドはアーシェ王女一行を観察しながら思った。
亡国の王女に”忠臣”と”裏切り者”の二つ名をもつ元・将軍。そして、最速の空賊バルフレアと美しきヴィエラの相棒。その後ろにいる少年少女も、なかなか可愛らしい。
本当なら、もう少しアーシェ王女と友好を深めたいところだったが、状況が許さなかった。
「グラミス皇帝は亡くなった。暗殺されたんだ。」
「父上が!?」
顔色を失うラーサー。
そして、アーシェ一行はアナスタシス大僧正の言葉に従い、『覇王の剣』を求めてミリアム遺跡を目指すこととなった。



神殿の光明の間から出て行くアーシェ一行を見送りながら、アルシドは唇に残るアーシェの手のしなやかさを思い浮かべた。
去り際に、チラリと投げかけられた色男の空賊の忌々しそうな視線も、なかなか面白い材料だ。
そう言えば、王女の手に口付けた時に、後ろのおさげの少女がびっくりして口を手で押さえていた。あんな初々しい反応など、今までお目にかかったことがない。
(本当に興味をそそる面々ですねぇ。)
そう考えてアルシドがニヤリとした時、再び光明の間の扉が開いた。
ひょっこりと明るいプラチナ・ブロンドの頭が覗く。


「おやぁ。どうしましたぁ?」
独特の歌うような口調でアルシドが問えば、その少年は悪びれもせず近付いてきた。
さっきも思ったが、成長途中の少年は細くすんなりとした体つきで、大きな空色の瞳が印象的だ。まだ丸みの残る頬はすべすべとして、少年というより背の高い美少女のようだった。
(触ってみたい。)
不意に沸き起こったその欲求に、アルシドは少年のさらさらとした髪に手を置いた。
柔らかな髪は驚くほど指になじみ、先ほど触った少し硬いラーサーの髪とはまた違う感触だった。
「なんだよ、やめろよ。」
少年は少し顔をしかめて、アルシドの手を振り払った。その乱暴な口調に後ろの秘書が眉をひそめたが、アルシドは笑って謝った。
「こりゃあ、失礼。つい綺麗なブロンドだったので、触ってみたくなりましてねぇ。」
すると少年は鼻の下をこすりながら、照れたように言った。
「あ、そうなのか?オレ、よくそうやって髪触られるんだ。バルフレアなんか、いっつもぐしゃぐしゃにするんだよな。」
アルシドはその光景を想像してニヤリとした。
確かにあの空賊ならずとも、構いたくなる可愛さがこの少年にはある。さっきよりも注意深く少年を観察しながら、アルシドは尋ねた。
「そうですかぁ。で、なにか私にご用で?」
「あ、そうだ。ラーサーの様子はどうか聞きにきたんだ。」
途端に顔を曇らせて少年は言った。
「ラーサーなら、アナスタシス大僧正がついて奥に行きましたよ。」
「そっか・・・。大丈夫かな?ラーサー・・・。」
俯き加減のまつげが長く、少し震えているのが妙に色っぽい。さりげなくアルシドは、少年の肩を抱いて言った。
「大丈夫ですよ、ラーサーなら。彼はああ見えて強い子ですからぁ。」
「うん、あんたもついてくれてるしな。」
少年は顔を上げると、明るく笑って言った。
その無邪気な笑顔にアルシドはドキリとした。自分の身の回りに、こんな風に素直な笑顔を見せる者などいない。あのラーサーだって、幼いながら帝国の皇子として厳しく躾けられ、その結果子供らしさを失ったところがある。
この少年の笑顔は、例えて言うなら、野のバラ。野生の美しさがあった。
それは、自由に生きているとはいえ、皇族の生まれのアルシドには新鮮な驚きをもたらした。
「じゃあ、オレ行くよ。ラーサーのこと頼むな!」
軽やかに走り去る少年に、アルシドはあわてて呼びかけた。
「おぉっと、君の名前を教えてもらえますかぁ?」
「ヴァン。ヴァンだよ!じゃあな、アルシド!」


バタンと扉が閉まり、軽やかな足音も小さくなっていった。
アルシドは名残惜しそうに、その足音に耳を澄ませながら「ヴァン」と小さくつぶやいた。
「お調べしますか?」
後ろから秘書が、控えめに尋ねた。
「ええ、そうして下さい。彼は・・・なかなか面白い。」
にっこり笑ってアルシドは言った。
秘書は小さな溜め息と共に頷いた。
そんな秘書に構わず、ご機嫌でアルシドは奥へと向かう。とりあえず今は、あの少年に頼まれたことでもあるしラーサーを慰めに行こう。
ことのついでに、まだ花の蕾のようなラーサーの可愛らしい唇を奪えるかもしれない。
そんなよからぬことを考えながら、アルシドは楽しそうに歩み去った。



〜FIN〜

(2010/10/12)


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ