一の篭(本編沿い)

□砂漠の一輪の花
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砂漠の一輪の花



大砂海オグル・エンサを越えて、ようやく一行はナム・エンサの境界トンネルにたどり着いた。
広大な砂海の半分まで進んだわけで、一行がホッとした矢先にその悲劇は起こった。


「ヴァン・・。」
心配そうにパンネロが声をかけたが、ヴァンは硬い表情で、声もなく立ち尽くしていた。
いつもなら、そんなヴァンを真っ先に叱るバルフレアでさえ、何も言わずに黙ってそのままにしていた。
そして、一行はそこで日没を迎え、野営を張ることとなった。

夕食時になっても、昼間の出来事が影を落とし、沈んだムードのままだ。
会話の弾まない夕食はすぐに終わり、みな早々に寝る体制になった。
ここには、クリスタルがあるので魔物が出る心配はないが、それでも一応火の番は置くことにした。
そして、一番手のバッシュを残して皆は天幕へと入った。

一人になると、バッシュは焚き火のそばに座り、剣の手入れをしながら今日の悲劇を思い出していた。

皆のために働いたのに裏切り者扱いされ、その挙句、女王の手によって砂に変えられてしまった、哀れなはぐれウルタンの子供・・・。

あまりに悲しい結末に胸が痛む。
そして、それは二年前のある出来事を彷彿とさせた。
いつもは明るく笑うヴァンの、あの傷ついた表情を思い出し、バッシュの胸はキリキリと痛んだ。


その時、天幕からヴァンが出てきた。
「どうしたんだい?眠れないのか?」
バッシュが少し驚きながらも優しく問えば、ヴァンは照れたような顔をして、手にした小瓶を差し出した。
「バルフレアが差し入れだって。」
見ればラバナスタ名産の火酒だった。
「これは、上等だな。」
嬉しそうに微笑んで受け取りながら、これをヴァンに持たせたバルフレアの心使いに感謝する。
まったく、聡い男だ。さりげなく二人が話す機会を作ってくれた。
バッシュは良い音を立てて瓶の栓を開けた。そして、酒を一口含めば深いコクと赴きのある味わいがのどに広がった。
「うん、良い酒だ。」
バッシュがそう言うと、ヴァンは自分が褒められたように嬉しそうに笑った。
そして天幕には戻らず、そのままバッシュのはす向かいに腰を下ろした。

いっとき、沈黙が流れる。
焚き火の灯りがゆれて、ヴァンの丸みの残る頬にいたずらな光を躍らせる。その横顔には、さっきまでの硬い暗さは薄れていた。

「なんかさぁ、さっきはショックでさ・・」
待つほどでもなくポツリとヴァンは話し始めた。
「まるで、兄さんみたいだもんなぁ・・。裏切り者扱いでさ・・。」
バッシュはその言葉に小さく息を飲んだ。すると、慌てたようにヴァンは顔の前で手を振った。
「違うよ!もう、バッシュのこと恨んでないよ!ちゃんと分かってるから・・」
「もちろん分かってるよ、ヴァン。ありがとう。」
バッシュは、わかっているという様に、慌てるヴァンの肩を優しく叩いてやった。
その大きな手をくすぐったそうに受けてヴァンは、小さく笑った。
「ちょっと前なら、完全に切れてたけどね。なんでだっーー!って。でも、今日は大丈夫だった。悲しかったのは確かだけど・・・。それは、バッシュが兄さんのこと『裏切り者』じゃないって証明してくれたからだ、と思う。」
空色の瞳がまっすぐにバッシュに向けられた。
その瞳を受け止めて、バッシュは力強く頷いた。

『真実を告げるのが私のつとめだな』
『彼を信じてやってくれ』

ナルビナ城塞牢でバッシュがヴァンに真実を語った時、ヴァンは極限状態にいて、自分の話に耳を傾ける状態ではなかった。だが、今はこうして共に旅をして仲間と呼び合う存在になった。
二年のわだかまりが、すぐに解けたとは思わないが、ヴァンはきちんと答えを出したのだ。
それだけで、自分のこの『生かされただけの二年間』が無駄ではなかったと思えた。

「ありがとう、ヴァン。」
バッシュは、もう一度ヴァンの肩を軽く叩いて言った。
「なんだよ、照れるじゃん!」
いつもの笑顔でヴァンは言うと、照れ隠しに、くせのあるプラチナブロンドの後頭部をかいた。
そして、ふっと真顔になると、焚き火に目を落としたまま言った。
「それよりさ、今日思ったのは・・・、」
少し戸惑うように言葉を切る。
バッシュは静かにヴァンの言葉を待った。
「あいつは・・・、アーシェは大丈夫だったかな・・・て心配なんだ。」
意外なヴァンの言葉に、バッシュは驚いた。
「殿下が?何故そう思うんだい?」

ヴァンは、はぐれウルタンの子供の消えた後、生まれ変わりのように咲いた一輪の花を見つめて言った。
「だってさ、あの女王は一族の規律を守るために、あの子供を処刑したんだろう?
一族の誇りのために、仲間に手をかける決断をしなくちゃならない立場っていうの?
すごく責任があって、非情にもならないといけない―――それって大変だなぁ、って。」
「確かに、そうだな。」
言葉を一生懸命選びながら話すヴァンに、バッシュは大きく頷いた。
「あの時、あの女王が泣いてるみたいに見えたんだ・・オレには。」
そう言うと、ヴァンは夜空を見上げた。
「アーシェも同じなんだって思ったんだ。
バルフレアの艇を盗もうとした時は、なんてヤツだと思ったけど。
やらなきゃならない事があるって言ってたもんな、あいつ・・・。
こんなキツイ旅をしてでもやんなきゃなんない事。あの女王と同じだ。」

バッシュは静かに感嘆の目で、ヴァンを見つめていた。
少年はわずかの間になんと成長したことか!
この旅が彼を成長させるなら、辛い旅にもやりがいがあるというものだ。
ヴァンは気づいてないだろう、天幕の暗がりにいる人影の方を見てバッシュは微笑んだ。


「だそうだ、王女サマ。」
天幕の影、成り行きで一緒に立ち聞きする羽目になったバルフレアに、ちゃかすように言われ、アーシェはツンとそっぽを向いた。
「なんてヤツ、は余計よ。」
だけど、不器用ながら自分を思いやってくれた少年の言葉は、アーシェの心を温かく満たした。
そして、心の底で燻っていたバッシュに対してのわだかまりも溶かして行くようだった。
非業の死をとげた兄の悲しみに、ヴァンはヴァンなりの答えを出した。
それならば、自分も・・・。

アーシェが目を上げると、いつもの調子で明るく話すヴァンとバッシュの後ろに、砂漠に咲く一輪の花が揺れているのが、見えた。
それは儚くも美しく、アーシェに微笑みかけているようだった。



〜FIN〜

(2010/5/21)

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