五の篭(長編、連載中)

□変奏曲〜Valentine編〜
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** 変奏曲 **
      〜 Valentine編 〜



修道院の朝は早い。
その中でも、ブラザー・バッシュとノアの二人は特に早かった。
その朝も、まだ朝日が昇らない暗く寒い部屋の中でノアが身支度をしていると、コンコンと窓から小さな音がした。
(さて、こんなに朝早くに誰だ?)
ノアは足音を忍ばせて窓に近付くと、そっとカーテンをめくり外をうかがった。
すると、白い息を吐きながらヴァンが笑顔で立っていた。
「どうした、ヴァン。こんな朝早くに?」
急いで窓を開けると、ヴァンはずいと小さな包みを差し出した。
「窓からごめん、ノア。時間がなくてさ。でも、どうしても渡したかったから。」
照れた顔で言うヴァンは、以前ここにいた修道僧見習い。自分の生きる道を見つけて、1年前に旅立って行った。
「そうか。忙しいのにありがとう。レックスやバッシュには?」
「兄さんには、さっき渡した。バッシュの分はノアに預けていい?」
「ああ、構わない。元気か?ヴァン。」
「元気だよ。ノアも元気そうで良かった。じゃあ、行くね!」
ノアに弾けるような笑顔で頷いたヴァンは、音をたてないように慎重にエアーバイクにエンジンをかけた。ふわりとエアーバイクが浮くと、ヴァンは手を振りながら滑るように飛び去っていった。
ノアは、そんなヴァンが見えなくなるまで見送ると、手の中の包みに目を落とした。
包みには、不器用な結び目の赤いリボンがかけられていた。
「相変わらず、へたくそな結び方だな。」
クスリと笑ってノアが包みを開くと、不揃いなチョコレートがゴツゴツと並んでいた。一つ摘んで口に入れる。ほのかな甘みが舌に広がった。
その優しい甘さに包まれて、ノアは6年前の2月14日を思い出していた。



ヴァンとレックスの兄弟は、砂漠の国ダルマスカの生まれだった。
流行り病で両親を亡くし、縁があってバッシュがこの修道院に連れ帰ってきた。従順で利発な兄レックスは、バッシュを心から敬愛しているらしく、この修道院の生活にすぐに馴染んだ。
だが、やんちゃで好奇心の強いヴァンは規則に縛られるここでの生活を嫌い、少しも馴染もうとはしなかった。何かあると「ラバナスタに帰りたい!」が、ヴァンの口癖だった。特に口うるさくヴァンを叱るノアとは、最初からソリが合わなかった。
そんなある日、事件は起きた。

その日は、前夜から降り続いた雪がウソのように晴れた日だった。
屋根に降り積もった雪かきをするため、ノアは年かさの少年修道僧達をつれて屋根に上った。その中には、ヴァンの兄のレックスもいた。
「ええ〜!兄さんだけずるい!オレだって、もう12なのに!」
砂漠の国育ちのヴァンは雪が物珍しく、雪かきができる兄を羨んで随分とダダをこねた。
「こら、ヴァン!遊びじゃないんだぞ!」
終いにめったに怒らない優しい兄に叱られ、ヴァンはぷいっと頬を膨らませて、その場を走り去ってしまった。そんな弟のわがままを兄レックスが恥ずかしそうに詫び、雪かきはスタートした。
丸1日降り積もった雪はかなりの厚みになっており、ノア達はすぐにヴァンのことを忘れて、屋根の雪かき作業に没頭した。
小1時間ほど経ったころ、ノアはふと前方に小さく見える風車小屋でキラキラ光る何かに気付いた。
(なんだ?あれは・・・。)
ノアが目をこらしてよく見ると、それは風車の羽根の上で動いている。何かをすくってはパッと捨てている―――まるで雪かきのような作業。
ノアの顔から血の気が引いた。
あれはヴァンにちがいない。屋根の雪かきを禁じられたヴァンが、遠い風車小屋までこっそり行って雪かきをしているのだ。
ノアは一番年上の少年僧に後を頼むと、急いで風車小屋に向かって走り出した。
ヴァンは何も考えずに、風車の羽根の上に乗ってしまっている。そのまま羽根の先端に進んで行けば、間違いなく羽根は動いてヴァンは落ちてしまう。
全速力で走って、風車小屋まで後少しの所までノアが来たとき、ヴァンの悲鳴と風車が回る時のきしむ音が聞こえた。
「ヴァン!」
慌てて駆け寄ると、ヴァンはかろうじて羽根の枠につかまってぶら下がっていた。
「ヴァン!大丈夫か?」
声をかけるノアに、ヴァンは半べその顔を向けた。
「ノア・・・。オレ、雪かきがしたくて・・・。」
「いいから、飛び降りろ!俺が受け止めてやるから!」
だが、その時、大きな翼の羽ばたきと鳴き声とともにワイバーンリードが現れた。
どうやら、ヴァンが投げ捨てた雪の輝きに惹かれて近寄ってきたらしい。ワイバーンリードは、光るものが大好きなのだ。
その最悪なタイミングに、ノアは舌打ちをした。
降り続いた雪のせいで腹をすかせている怪鳥は、恐怖で身動き取れないヴァンに狙いを定めた。風車の周りをグルリと旋回すると、間合いを取るかのように一度風車から離れた。
「早く、ヴァン!今のうちに飛び降りるんだ!」
ノアの声に、ヴァンは泣きながら叫んだ。
「ノア!指が離れない・・・!」
あまりの恐怖と寒さで、ヴァンは身体が硬直してしまって指が動かせないようだった。ノアは、高く鳴き声をあげて上空から舞い降りてくるワイバーンリードに目をやると、魔法を詠唱しながら風車小屋の階段を駆け上がった。
そして、ヴァンのつかまっている反対側の風車の羽根に飛び移った。
その反動で、ヴァンのつかまった羽根がワイバーンリードの爪を逃れて、上方へと回転した。
「うわわぁ!!」
ヴァンはそのはずみで手を離し、高く空を舞った。
そしてそのまま地面に叩き付けられると思った時、ノアの放ったエアロの魔法がヴァンの身体を包んでクッションの役割を果たした。
一方、獲物を逃して怒り狂うワイバーンリードは、再度空高く舞うと、その攻撃態勢を整えた。
「ヴァン!小屋の中に入ってろ!!」
ノアは風車の羽根から飛び降りると、ヴァンを立たせて小屋の中に押し込んだ。
「ノアーー!」
叫ぶヴァンの目に、ノアのたくましい背中と迫るワイバーンリードの鋭い爪が映った。



ノアは、そっと右腕の服をめくった。
あの時ワイバーンリードにつけられた傷跡が、今も残っている。
かつては帝国ジャッジであったノアは、傷つきながらもたった一人でワイバーンリードを撃退した。
血だらけのノアを見て、震えながら泣きじゃくるヴァンを、ノアはしっかりと抱き締めた。だが、その身体の温かさに安堵しながらも、やはり怒りで叱り飛ばしてしまい、更にヴァンを泣かせてしまった。
「やっぱり、ノアなんて大嫌いだっ!」
ヴァンは泣きながら、ノアの胸をこぶしで叩いて叫んだ。
修道院に帰ると、ヴァンを青ざめたレックスとバッシュが待っていた。
レックスはヴァンを抱き締めながら、何度もノアに礼を言った。そして、レックスはヴァンにもノアに礼を言うように促したが、ヴァンは拗ねたように口を尖らせて黙ったままだった。
そんなヴァンの様子に、決定的に嫌われたのだと、ノアは少し寂しい想いで痛む右腕を撫でた。

だがその夜、ノアの寝室にこっそりヴァンが忍んで来た。いつものヴァンらしくない神妙な顔で、手に小さな包みを持っていた。
「これ、ノアに持ってきたんだ。」
小さな声で差し出した包みを開けると、ゴツゴツとした不揃いのチョコレートが並んでいた。
「ヴァンが作ったのか?」
優しく尋ねると、こくりと頷いて顔を伏せたまま小さな声で言った。
「今日は、聖ウァレンティヌスの日だから・・・。」
士気が下がるという理由で皇帝に禁じられた兵士の婚姻を、秘かに行っていた聖ウァレンティヌス。そのために捕えられ処刑された古の聖人だ。転じて、その命日が恋人や親しい人に愛を語り、贈り物をする日になった。
今日の騒動ですっかり忘れていたが、もとよりそんな甘い祝日には縁がなかった。
ノアは、そんな日にチョコレートを持ってきたヴァンに、くすぐったい想いがした。
「ありがとう、ヴァン。」
礼を言ってひとつ口に入れると、ヴァンがおずおずと顔を上げた。
ヴァンの口にもひとつチョコレートを入れてやり、柔らかな髪をそっと撫でてやった。どちかららともなく、笑みがこぼれ、笑いながら二人でチョコレートを食べた。
「助けてくれてありがとう、ノア。」
ヴァンはチョコレートを食べながら、小さな声でそっと言った。

それからもノアはヴァンを叱り、ヴァンは相変わらずノアの言うことを聞かなかったけれど、ヴァンはもう「ラバナスタに帰りたい」とは言わなくなった。
そして、ヴァンは毎年2月14日には、ノアに手作りのチョコレートを届けた。
その不器用なリボンのかかった不揃いのチョコレートを、ノアは毎年心待ちにした。
兄であるバッシュとレックスは、そんなヴァンとノアを見て「羨ましい」と言って笑った。
―――今となっては、懐かしい思い出だ。
優しい目をして、ノアは大事そうに包みを机の引き出しにしまった。そして、いつものブラザー・ノアの顔に戻ると、朝の礼拝の準備に部屋を出た。




その頃、シュトラールは修道院から少し離れた丘に停泊していた。
ヴァンがエアーバイクでシュトラールまで戻ってくると、バルフレアが機体にもたれて煙草を吸っていた。
「あれ?待っててくれたの?」
ひらりとエアーバイクから降りると、ヴァンは正直に嬉しそうな顔で尋ねた。
「煙草だ、煙草。」
素直じゃないバルフレアの言葉に、ヴァンは可笑しそうに笑った。
「こんな朝早くに?寒いの嫌いなあんたが、わざわざ外で?」
「うるせぇ!用事は済んだのか?」
乱暴に言い返すバルフレアに、ヴァンは頷きながらポケットから包みを出した。
「はい、これ。バルフレアにも作ったんだ。」
それをチラリと見て、バルフレアは煙草を足元に投げ捨てた。そして、包みを差し出したヴァンの腕をつかんで引き寄せた。
「俺は、それよりこっちがいい。」
ヴァンの顎を取って唇を寄せる。
そんなバルフレアに、ヴァンは照れたように笑って目を閉じた。



〜FIN〜


(2011/2/14)

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