DDFFの篭

□シュガー&スパイス
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《この話のラグヴァンの設定》

◆ラグナ 
29歳のフリージャーナリスト
取材で知り合ったヴァンに一目惚れし、強引にくどいて恋人同士になるが、実際にはヴァンに尻に引かれている。

◆ヴァン 
19歳の大学2年生
あまり物事にこだわらない性格の故か、10歳も上のラグナと恋人同士になる。ラグナの子供っぽいところに呆れながらも、なんだかんだと楽しそうに世話をやいている



〜シュガー&スパイス〜



 七月の夕暮れ時、まだ昼間の暑さが残る中、オレは自転車をこいでいた。小高い丘に沿った坂道を、ギアを切り替えて立ちこぎで走れば、切り裂いていく風は涼しく額の汗を飛ばしていった。
 オレが目指しているのは、坂の上ののっぽのマンション。
 築十年を過ぎて白レンガがくすんでしまっているけど、最上階のラグナの部屋からはこの町を一望できる。そこから眺める夕日が、オレは大好きだった。
 マンション前に立つ大きな銀杏の木の下に自転車を停めると、オレはいつものように玄関のオートロックの番号を押した。コール五回目に出たラグナの疲れた声に、はかどっていない仕事ぶりが分かり苦笑した。


 ラグナはフリーのジャーナリスト。
 確か今抱える仕事は、あさってが締め切りのはずだ。


 エレベーターを降りて、オレがラグナの部屋のドアを開けると、案の定半泣きのラグナが抱きついてきた。
「ヴァン君、待ってたよ〜。助けて〜!」
「はいはい、分かったから。その前に中入らせろよ。」
 オレはラグナの長い黒髪を撫でてやると、抱きついたラグナごとリビングへ入った。


 あ〜、やっぱりな。
 乱雑に散らかったリビングに、オレは溜め息をついた。ラグナは仕事に行き詰まると、他のことは何にもできなくなる。


「もう、こんなに散らかすなよ。自分じゃ片付けられないくせに。」
 呆れたように言うと、オレの背中にしがみついたまま、ラグナは言い訳やら愚痴をこぼした。
「だってさぁ、最近ヴァン君ちっとも来てくれないじゃん。おじさん、寂しくって仕事ははかどらないし、部屋は汚れていくし、もう困っちゃったよ。」
「何言ってんだよ。仕事がはかどらないのは、ラグナが安請け合いで仕事を詰め込み過ぎたせいだろ。それに、オレは大学のテストが終わるまで当分来ないって連絡しただろ?」
「そうだった・・・。」
 ショボンとしたラグナを椅子に座らせると、オレはテキパキとリビングを片付け始めた。ついでに窓を開けて、部屋の空気を入れ換える。
「煙草も吸い過ぎ。身体に悪いから止めろよ。」
 灰皿いっぱいの吸い殻を捨てながら説教すると、ラグナは子供のように口を尖らせた。
「だってヴァンがいないと口寂しくて、ついつい・・・。」
「オレのせいだって言うのか?」
 ギロリと睨みつけてやれば、ラグナはまたショボンと肩を落とした。


 たく、ラグナときたらオレより十も年上なのに。
 その上、来年三十になるってのにまるで子供なんだ。


「ほら、ラグナ。」
 肩を落としたラグナがかわいそうになって、ついと顔を近付けてやった。そしたらラグナは嬉しそうに顔を上げて、いそいそとオレの唇に唇を重ねた。
 二週間ぶりに交わすキスは、ピリッと煙草の苦い味がした。
「やっぱりラグナ煙草やめろ。苦い。」
 腰に伸びてきた不埒なラグナの手をペシリと叩き、オレは身体を起こした。
「な〜んか、ヴァン君冷たくない?久しぶりに会えたのに。」
 叩かれた手を撫でながら、ラグナは恨めしい目をしてオレを見上げた。


 いい歳して、ラグナはすぐ拗ねる。
 普段、周りからガキだのバカだの言われているオレから見ても、ラグナは子供のまま大人になったような奴だ。ま、そこがラグナの可愛いとこなんだけど。
 ―――なんて、オレが思っている事は絶対ラグナに言ってやらない。
 あいつ、すぐ調子に乗るからな。


 リビングを片付けて部屋の空気を入れ換えたら、オレは自分の汗臭い身体が気になり始めた。あの坂道、結構自転車にはキツイんだよな。
「ラグナ、ちょっとシャワー借りるよ。」
「え?ヴァン、お風呂入るの?」
「うん。汗で身体気持ち悪いし。ラグナは、その間に仕事片付けとけよ。」
 リビングを出ようとするオレの手を、ラグナがガシッと掴んだ。
「そんなの無理だよ!ヴァンがシャワー浴びてる音を聞きながらなんて、仕事できる訳ないじゃないか。」


 って、アホか!
 こんなとこだけ大人かよ?

「このエロおやじ!いいから、さっさと仕事やれ!」



 な〜んて、ラグナを叱り飛ばしてオレは風呂場のドアを手荒く閉めたんだけど、そこはそれ。若い男なんて、煩悩の塊のような生き物。
 三十分後には、オレはラグナとベッドに転がっていた。
「いいのか?仕事まだ終わってないくせに。」
 優しくオレの髪をすくラグナに聞くと、あいつは楽しげに笑いながら首を振った。
「いいの、いいの。それより大事な仕事が入った。」
「大事な仕事?」
「うん、ヴァンとこんな風にいちゃつくこと。」
「バ―カ。」
 そんな憎まれ口を叩きながらも、オレは近づいてくるラグナの唇に目を閉じた。重なった唇は温かく、柔らかく何度も唇を啄ばまれてうっとりとなる。
 ラグナの唇からは、煙草のにおいが消えて甘めのベリーの香りがした。


 何やってんだよ、ラグナ。
 仕事しろって言ったのに。


 オレはちょっと笑いながら、薄く口を開いた。そっと忍び込んできたラグナの舌に答えるように、自分の舌を絡める。そしたら、やっぱり少し苦い煙草の味が舌を刺した。
 それはオレとラグナの関係に似てる。ただ甘いだけじゃなくて、どこか刺激的。
 それをもっと味わいたくて、オレはラグナの首に腕を回して強く引き寄せた。





〜FIN〜




(2012/9/2)



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