二の篭(バルヴァン文)

□翼のない小鳥
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オークションは滞りなく順調に進んでいた。
だが、次々と出展され落札される品物の数々を見るうちに、ヴァンの顔は曇っていった。
「なあ、バルフレア。」
ステージ上に置かれた、さびて朽ちた”かつては飛空艇だったもの”の残骸を見詰めながら、ヴァンは小声でバルフレアに話しかけた。
「なんだ、飽きたか?」
バルフレアは、隣に座ったヴァンのしかめっ面を可笑しそうに見た。
「飽きたわけじゃないけど・・・。でも、オークションってさ、こんなもんなの?」
そのがっかりしたヴァンの口調に、バルフレアはクスリと笑って視線をステージに戻した。

ステージ上のかつては飛空艇だった残骸は、数世紀前に初めて飛空艇が開発された時代に作られた初期のもの。その歴史的な意味は非常に深いし貴重なものであるが、飛べない艇などヴァンにとっては何の価値もないのだろう。
この艇だけでなく、これまで出展された品々はすでに生産されていない旧式の艇や、どこかの山奥で発掘されたコレクター価値のある骨董品ばかり。そんなものが高額で落札されていくことなど、ヴァンには信じられないことかも知れなかった。

「新しい艇の発表会じゃないんだ。嫌なら、もう帰ってもいいんだぞ。」
からかうように言うバルフレアに、ヴァンは口を尖らせた。
「別にイヤじゃないよ。ただ、あんなオンボロに大金払うのが不思議だっただけ。」
ヴァンは競り上がって行く落札値を聞きながら、少し悔しそうな表情をした。
「これだけの金を出せば、ピカピカの新品の飛空艇が買えるのになぁ・・・。」
ぽつりと呟くヴァンの頭を、バルフレアは宥めるように軽くぽんぽんと叩いた。
「それだけ、あの艇には歴史的な価値がある。もう二度と作られることはないんだからな。ここには、そういうレアな品物を求めて集まってきたコレクターが多いんだ。」
「うん、・・・分かった。」
力なく頷いたヴァンに、黙って出品リストを眺めていたフランが口を開いた。
「次の品なら、坊やも楽しめるかもしれないわ。モーグリの都ゴーグの伝説のエトーリアが作った飛空艇よ。」
「ほんとっ?!」
思わず叫んだヴァンに、前に座ったビュエルバ紳士が振り返って「しっ」と嗜めた。
ヴァンは慌ててペコリとお辞儀をして謝ったが、その五分後、またその紳士の眉をひそめさせることになった。


「わあぁ・・・っ!」
ヴァンは前の座席の背もたれをぎゅっと掴むと、ステージ上の飛空艇に見とれた。
その艇は二人乗りの小型機で、丸いフォルムが特徴的な全面ガラス張りのコックピットになっていた。両翼も厚みのある丸いフォルムで、斜め後方に突き出すように伸びていたが、その両翼の間からのぞく四本の尾翼は、一転尖った恐竜の角のような形をしていた。
随所に作り手の遊び心が見え、安全性よりも軽量化と速さに特化した造りになっていた。
「なあ、あれって飛べるよな?すげぇ速く飛べそうだよな?」
前の紳士が嫌そうに振り返って見るのも構わず、ヴァンは興奮した口調でバルフレアに話しかけた。バルフレアは、そんなヴァンの肩に手を置いて落ち着かせようとしながら、頷いた。
「ああ、飛べる。一世紀も前のものだがな、傷一つない。ピカピカの新品だ。」
先程のヴァンの口調を真似て、バルフレアはからかうように言ったが、ヴァンは気にも留めずに更に頬を紅潮させた。
「一世紀も前?それなのに、あんな斬新なフォルムなのか・・・、すげぇ。」
キラキラと瞳を輝かせて、食い入るようにステージの飛空艇を見詰めるヴァンに、バルフレアとフランはこっそり苦笑をもらした。
「あれに惚れ込むとは、大した坊やね。」
「ああ、まったくだ。」


その飛空艇は、優秀な機工士揃いのモーグリの都において、「伝説の名匠」と呼ばれたモーグリが若き日に造ったもの。
随分と風変わりで気難しいモーグリだったようで、ヒュムの世界にはその名前すら伝わることを嫌がった。当然、彼は自分が造った艇も、モーグリ以外の手に渡ることを拒んだ。だがその死後、彼の造った艇の数台がヒュムの手に渡り、その才能が広く知れ渡ることとなった。
それ故に、彼の造った飛空艇はコレクター垂涎の的。この艇も、どれだけの値がつくか知れなかった。


どんどんと釣り上がっていく艇の値に、ヴァンは溜め息を漏らした。
「ちっくしょう、どんだけ上がるんだよ。」
「買うつもりだったのか?」
茶化すバルフレアに、ヴァンは唇を噛んだ。
「買えないことぐらい分かってるよ。だけど、」
ヴァンはぎゅっと胸の飾りを握り締めながら、バルフレアを見て言った。
「いつか、オレもあんな艇を手に入れる。必ず、自分の艇を。」
その瞳の澄んだ輝きと真摯な言葉に、バルフレアは胸を衝かれた。
「そうか。なら、がんばれよ。」
平静を装って、そう返すのが精一杯だった。
「うん。」
ヴァンは嬉しそうに頷くと、またステージの飛空艇を食い入るように見詰めた。
そのヴァンの横顔を、気付かれないように横目で見ながら、バルフレアは小さく溜め息をついた。

(俺なら、ヴァンの歳にあの艇を欲しいと思うだろうか?)

バルフレアは心の中で自問した。考えるまでもなく、答えは「NO」だった。
確かに、あの艇は一世紀前とは思えぬほどの素晴しい艇だ。
しかしながら、若き日の作だけあって非常に評価の分かれる出来だった。遊びが過ぎた作品だといっても良いだろう。余程の乗り手でなければ乗りこなせない艇であり、乗り手を選ぶ艇だった。
今のバルフレアなら乗りこなせるだろうが、それでも欲しいとは思わなかった。あんな危ない代物に、手を出す気など起こらなかった。
だが、不思議とあの艇はヴァンに合うように思えた。
型に囚われないヴァンと、型破りな艇。
理屈や常識に縛られることなく、自由に空を飛ぶだろうヴァンに相応しい翼のように思えた。

(ヴァンはいつか翼を得れば、俺よりも高く速く空を飛ぶ。)

その予感めいた想いにバルフレアが瞳を暗くした時、今日一番の高値でその飛空艇が落札された。


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