二の篭(バルヴァン文)

□翼のない小鳥
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ビュエルバで開かれたオークション。
その会場のVIP専用桟敷席で、アルシドは上機嫌でシャンパンを飲んでいた。
何ヶ月も前からくどいていたロザリア一の美しき女空賊とのデートが、やっと実現した。それがビュエルバでのオークション会場というのは、いささか現実的すぎてあけすけな気もしたが、アルシドはロザリア帝国を束ねるマルガラス一族の貴公子としての度量で目をつぶることにした。
美しい女性にとっては、自分勝手な我が侭はアクセサリーのようなものだ。
実際、目の前の黒髪の美しき女空賊は、お目当てのパーツを自分の財布を痛めることなく競り落とせて、ご機嫌至極だった。
「ほら、アルシド見て。」
オークションの後半に参加するため、続々とホールに入ってくる人の流れを見ていた女空賊は、その中でも一際目立つ一行を見つけてその瞳を輝かせた。
「最速の空賊バルフレアとその相棒のヴィエラよ。さっき、ラウンジでも見かけたの。」
このVIP専用の桟敷席からは、オークション会場とそれに集まった人々を見渡すことができたが、会場からはこちらは死角で見えない。それを良いことに、彼女は興味津々という風にじっくりとバルフレア一行を観察した。
「確かに噂通りのいい男ね。相棒のヴィエラも、あれだけの視線を集めて、そのくせ少しも気にも留めないなんて、ちょっと妬けるわね。」
アルシドは、女空賊の美しい艶やかな肩に手を置きながら、自分もひょいと下の会場を覗き込んだ。
すると、男前の空賊と美しきヴィエラの横に、鮮やかなプラチナブロンドの少年の姿を見つけて「おや」と目を見張った。


この前彼を見かけたのは、神都ブルオミシェイスでのこと。
あれからさほど日数は経っていないのに、驚くほど印象が変わっている。あの時はただ『可愛らしい少年』という容姿だったが、今はその中に大人になる少し前のアンバランスで儚げな色香が漂い始めていた。
まるで雛鳥が、巣立ちをする前のような。
まだ生え揃わない幼い羽根の下には、高く空を飛ぶための強く美しい翼が隠されている―――そんなまだ表面的ではない、見る目がある者しか分からない隠された美しさ。
その分、脆く稀有なものだと感じた。
おそらく二、三年後には、隣に立つ空賊とは異なる美しさを備えて、周囲の注目を浴びることだろう。アルシドは、その姿を想像して笑みをもらした。
「あの少年、このオークションに出したら、間違いなく今日の目玉の一つになるわね。」
はっとアルシドが我に返って女空賊を見ると、勝気な黒い瞳がきらきらと光っていた。
「アルシド殿下の関心を、こんなに惹いてしまうんだもの。相当な値がつくかしら?」
女空賊は、そろりとアルシドの太ももに手を伸ばすと、きゅっとつねった。
「おお、痛い。」
アルシドは痛みに顔をしかめながらも、唇には笑みを浮かべて彼女の手を取った。そして、その手を口元に持っていくと、優しく唇を押し当てた。
「ちがうんですよ。彼らとは少々ご縁がありましてねぇ。」
そう言いながら、アルシドはブルオミシェイスでもこうしてアーシェ王女の手に口付けたことを思い出した。
「ほら、また!そんなにやけた顔しちゃって。」
途端に、女空賊が空いた手でアルシドの頬をつねった。
痛みに顔をしかめるアルシドに、彼女はグイッと顔を近づけた。計算された角度で突き出した豊満な胸元が、見せびらかすようにアルシドの視界に入った。
「たとえ知り合いだろうが、私が目の前にいるのに他の誰かに気をとられるなんて絶対イヤ。今度やったら、帰るから!」
先程自分が『最速の空賊コンビ』に関心を持ったことは棚に上げて、彼女は我が侭な口調で言い放つと、ゆっくりとアルシドから身体を離した。広めの二人掛けのソファの端に、思わせぶりな流し目を送りながらもたれかかる様は、まるで王女のように尊大で美しい。
アルシドは赤くなった頬を撫でながらソファから下りると、女空賊の足元に膝まづいた。彼女の深くスリットが入ったドレスのすそからは、すんなりとした足がのぞいていた。
「これは、大変失礼しました。やっと叶った高嶺の花とのデートで、少々心が浮つきすぎたようです。」
アルシドはそっと女空賊の足首を持つと、その足の甲に口付けした。
「これは、私の貴女への忠誠の証。どうか、お許しを。」
その芝居がかったアルシドの侘びに、女空賊は楽しげな笑い声を上げた。
「いいわ、許してあげる。その代わり、何か気にいったものがあれば買ってちょうだい。」
「貴女のお心のままに。」
アルシドは鷹揚に頷くと、彼女の足を離してソファに座った。
女空賊は上機嫌で、アルシドにしなだれかかってきた。アルシドはその肩を抱き寄せながら、金色の髪をした少年の残像を頭の隅へと追いやった。



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