鳥檻のセレナーデ

□28幕.饅頭味
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30★ 約 
回 SiDE:イヴ 回



ァアアアァアアッ!!』


「また――ちか」

――酷い……。

「どうして――しないんだ? ――は――したというのに」

――……っ。


『 いたイ! いタイ! いたいイタイィ!!』


「仕方ない。これは――し次の――を連れてこい」

――!? もうやめてっ、こんなの――する筈がない!

「何を言ってる、――が良い例だろう。――が――んだ、必ず――する筈だ」

――それ、はっ!


『……ま、え、セ、か……』


「ん……? うわっ!?」







『 ぜンぶ、おまエのセイだ 』








「――っ!!」



唐突に沈んでいた意識が戻り、弾かれるようにして顔を上げる。
口から零れる呼吸は微かに乱れ、膝を抱えている手は汗で濡れていた。


――今のは、ゆめ?


何だか靄が掛かっているような頭を軽く左右へと振る。
酷く、頭がいたい。
それに、ここは――?



「……ティキ」



軽く辺りを見回すと、少し離れた場所にティキの姿があった。その更に奥には竹が生えていて、どうやら竹林の中にいるらしい。



「ん?」



囁くように小さな声だったけれど、周りが静かだった事もありティキへと届いたらしい。
何時もと変わらない表情で、私へと振り返るティキ。たったそれだけの仕草だというのに、何故か安堵の溜息が零れてしまった。
けれど、不安が消えた訳ではない。



「……なんでも、ない」



できるだけの笑顔を浮かべては、大きな石の上で両膝を抱える。

昨日から。いや、アレンに会ってからというもの、明らかに私の中で"何か"が変化しつつある。
ソレが何かなのかは分からない。でも、ソレに怯えているのは確かだった。



「イヴ?」

「……私の手。まだ、届く、よね……」



私が私ではなくなったら、多分皆の傍にはいられない。それが酷く悲しくて、怖くて、不安で。
困らせるだけだって分かってはいても、ついティキへと手を伸ばしていく。



「私は……ここに居てもいいんだよね」

「……」



そんな私の言動に、やっぱりティキは戸惑っているようだった。突然こんな事を言われたら、誰だって困ってしまうに決まっている。多分、私だって。



「……ごめん。ちょっと、寝ぼけてるみたい」



別にティキを困らせたい訳ではなくて、寧ろ迷惑をかけたくなくて、直ぐに"夢"のせいにしては、伸ばしていた手を元へと戻していく。

「今のは忘れて」と、できる限りの笑みを浮かべては手を動かす。――けれど、それよりも先に、乾いた音が小さく木霊した。



「ほら、届いた」



その音は、私の手から響いていた。動いていた私の手を掴んだ事で鳴った音。そんな私の手を掴んだのは、言うまでもなくティキの手で。
先程までくゆらせていた煙草を捨てては、しっかりと私の手を握りなおしてくれる。



「お前の手はちゃんと届いてるよ」

「……うん」



強く握る手とは逆に、優しく落ち着かせるかのような言葉。そのお陰なのか、さっきまで渦巻いていた不安がゆっくりと消えていくのが分かる。ティキって凄い。



「例え遠く離れても向かいに行ってやる。んで」

「っ!?」



そんな事を思っていると、不意に座っていた身体を持ち上げられ、更に強く抱きしめられる。
あまりにも突然だった事で、つい驚いてしまった。けれど。



「こうやって捕まえとく。これなら安心だろ」

「――うん」

「お前の居場所はここ。今も、これからも、ずっと俺の所だよ」

「うん……っ」



手だけではなく、全身から伝わってくるティキの体温が嬉しくて。私の居場所がある事と、それがティキの所だという事が嬉しくて。
込み上げてくる涙を必死に堪えるように、ティキの首へと腕を回す。



「ティキ、大好き……っ」



嬉しかった。
その言葉も、想いも、抱きしめてくれる手も、全部。本当に嬉しくて、悲しくも無いのに涙を堪える事ができなくて。
漸く――"自分"の気持ちが分かったような気がした。



「……あー、クソ」



長いような短いような時間。
しがみ付くようにティキの首へと腕をまわしていると、ふとティキから言葉が聞こえてくる。



「今程仕事すっぽかしたい時はねぇわ……」



何所と無く気まずそうな、でも照れているような声。その声で告げられた言葉に、「え?」と小さく首を傾げる。



「できるなら、このままこの場で押し倒したい所なんだけど」

「……――なっ!? な、何考えてっ!」

「話は最後まで聞けって。できるなら今すぐにでも押し倒したいんだけど、お前の頼みだから、仕事、行ってくるわ」



そう告げるティキに対して、やっぱりどう言う意味なのかと尋ねようと上半身を反らせる。……と、まるで狙っていたかのように額へとキスが降ってきた。
またもや予想だにもしていないかった行動に頬を紅潮させてしまった、けれど。



「お前が怖がってたアレを壊してくるよ」



静かに告げるティキに、漸く収まった筈の体が、再び小さく震えた。


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