鳥檻のセレナーデ

□28幕.饅頭味
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 人_






いろんな意味で最悪な早朝から数時間後。



「あー、身体中いてぇ」



すっかり真上を超えた太陽の下で、うーん。とティキが身体を大きく伸ばしている。

本当はもう少し早く宿を立つ予定だったのだけど、色々と合ってすっかりお昼を超えてしまった。

まぁ色々と言っても……ティキが度々無断侵入し、添い寝してやるだの、押し倒されたりだの、着替えを覗こうとしたり……云々で。
その度に鳩尾かましたり、蹴り飛ばしたり、目潰し等で撃退していた結果、結局宿でお昼まで取る事になってしまった、という訳なのです。



「自分のせいでしょ」

「だってイヴが朝から激しすぎるから」



何だか誤解されそうな言葉と共に、薄らと頬を赤くさせるティキ。器用だと感心する反面、足元に落ちている大きな石を投げつけてやりたい。……もっとも、投げつけた所で当たらないけど。



「んで、今は何所に向かってるの?」

「ん? あー」



昨日とは別の街……というより、集落か村落と言った方が近いだろう。舗装されたのではなく、どちらかと言えば自然に道となったような道を、ティキの後をついて歩いていた。

昨日は海だったけど、今日は山に行くのかなぁ。なんて気楽に考えている私を隣に、ふとティキの視線が空へと向く。



「そろそろ見えそうだな」



言葉と共にティキが止まった事で、私もまた立ち止まり空へと視線を向ける。

遥か上空は晴れ晴れとした快晴で、何所までも広がる青空。なのに清々しいと思えないのは、私の心が荒んでいるのではなく、きっと朝から"濃い事"ばかりだったせいに違いない。うん、きっとそうだ。



「何かくるの?」

「まぁ見てろって」



もっとも、清々しく見えないだけで異常があるわけではない。腹立たしい程に青くて、平和で、穏やか空。この空が一体どうしたのかと、もう一度尋ねようとした。――そんな時だった。



「……なに、あれ?」



ふと、遠くの空に小さな点が浮かぶ。
青い紙の上にインクを一滴垂らしてしまったのかのような、不釣合いな黒い粒。染み込んでいるかのように大きくなっていく様も似ているけれど、当然空は紙ではないし、粒もインクではなかった。



「もしかして……アクマ?」



点が大きくなった事で、漸くその正体に気がつく。黒い粒だと思っていたのは、確かにアクマだった。それも一つや二つではなく、何時の間にか青空を覆いつくす程に増殖したソレ。
まるで一つの黒い塊のように、或いは群れで移動している渡り鳥のように、山へと向かって居るる。

最早異様としか言えない光景に、ゾクリと背筋に寒気が走った。



「心配する事ねぇって。あいつ等は千年公の指示で動いてるんだし、俺だって近くにいるだろ」

「うん……」



ティキの言葉に相槌を打つものの、震えている自分の身体を軽く抱きしめる。

私の意思とは裏腹に慄く身体。多分、元々アクマが好きではない事と、あれ程大量のアクマを見た事がなかったからかもしれない。
何となく見る事も耐えがたくて、徐々に顔が空から地面へと俯きかけていた。――その時、唐突に空気が震えた。



「お、でたでた」



始めに反応を示したのは、私とティキ。そして、村周辺に住む動物たちだった。
人間よりも鋭い本能で危機を察知しているのだろう。

警戒を露に吼える犬と、毛を逆立て逃げ惑う猫。牛や馬の鳴き声も響き、羽を持つ鳥達はアクマの居ない方向に向かって羽ばたいていく。そんな異常とも取れる行動を見て、漸く人も周囲の異変へと気がついた。



「な、に……?」



けれど、その頃にはもう手遅れだったのかもしれない。空気の振動と共に地面が大きく揺れ、山の間から巨大な白い物が現れる。

"ソレ"を言葉で表現するならば、『白く巨大な人間のような体躯』としか言いようがない。少なくとも私には、それ以上の言葉が見当たらなかった。
何せ手や足も、まして顔や頭すら付いていないのだから。

由一他にあるものと言えば、本来顔がある場所――首の上についているリングのような物だけ。
まるで御伽噺に出てくる天使のような輪。
でも、天使なんて物ではない。
天使よりも、もっと禍々しくて。
アクマよりも、もっと――罪深い『者』



「……イヴ!」



気がついた時、私は地面へと座り込んでいた。何が起こったのか自分でも分からなくて、何時地面へと座り込んでいたのかも分からない。

私の名を呼ぶティキの声も、何故か遠かった。先程まで近くに感じていたティキの気配ですら、今は凄く遠くに感じる。



「大丈夫か、何か思い出したのか?」



遠くから聞こえるティキの声。心配気な声に口を動かそうとするけど、何故か動かす事ができない。
指も手も脚も口も、呼吸すらできなかった。視線すら巨大な物から動かす事ができなくて、ただ身体が勝手に震える事しかできなくて。



「イヴッ!!」

「――!!」



そんな私に気がついたように、ティキの荒げた声が聞こえ、同時に私の肩が大きく揺らされた。
ティキが自分の身体で視界を覆ってくれた事で、漸く意識が戻り、詰まっていた呼吸が戻る。

突然戻った呼吸は乱れていた。急激に流れ込んできた酸素により咽返り、冷や汗が湧き上がり、嘔吐感すら込み上げてくる。
何より酷いのが――言い表せない程の恐怖だった。



「イヴ、大丈夫か? 何か思い出したのか?」

「分か、らない……でも、こわ、い。凄く、怖い……っ」



俯いてしまう私の頬をそっと両手で固定しては、落ち着かせるようにゆっくりと声を掛けられる。
視界に慣れしたんだ者……ティキの顔が映っている事でなのか、徐々に身体の異常は落ち着いていく。――けれど、恐怖だけはどうする事もできなくて。



「――て……」

「え?」



目の前にいるティキの服を強く握っては、ゆっくりと口を開く。震えているせいで上手く言えないけれど、それでも必死に声を押し出した。残酷で、惨い言葉を――。



「………アレを、壊して……」








【 おまエのセイだ 】



何所かで遠くで、そんな声が聞こえたきがした。


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