鳥檻のセレナーデ

□28幕.饅頭味
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饅頭_
そんなティムを睥睨へいげいしながらも、恐る恐る少女へと言葉をかける。
もし鼻が付いていなかったらどうしよう、なんて心配しながら少女の顔を覗き込む。――と、同時に瞳を大きく見開いてしまった。

別に鼻がついていなかった訳ではない。寧ろ鼻と一緒に歯型までついていたけど、僕が驚いたのは少女が知り合いだった事。
こんな所で出会うなんて……いや、また再び会えるなんて思ってもみなかった人だったから。



「な、なんとか鼻はまだついて……って、あれ――アレン?」

「イヴ……!?」



今僕の目の前にいるのは、先日リナリー達が話してくれたイヴ本人だった。



「やっぱりアレンだ!」

「うわっ!?」



少女がイヴだと分かった途端、鼓動が大きく高鳴る。込み上げて来る初めての感覚に呆然としていると、突然イヴが僕の首へと抱きついてきた。

少々勢いがありすぎたのかイヴの頭からフードが落ち、また僕の体が微かによろめく。幸いバランスを崩す事は無かったけれど、どう反応していいのか分からず、体全身が硬直してしまう。ついでに思考も。



「まさかこんな所で会えるなんて!」



そんな僕の心境等知る由もなく、耳元で嬉しそうな声をあげるイヴ。
抱きついている彼女は温かくて、柔らかくて、確かに呼吸をしているのが伝わってくる。間違いなく、彼女は生きているんだ。



「あ、ああああのっ!」



上手く正常していないだけではなく、今にもオーバーヒートしそうな思考を必死に回転させては、イヴへと声をかける。……とは言っても声を掛ける事しかできなかった上に、その声自体が明確な程に震えていて、何だか凄く情けない。これじゃ緊張してる事が丸分かりじゃないか。



「ん?」



思わず頭を抱えたくなったけれど、イヴは特に気にしていないようだった。

話やすいようになのか、抱きついていた体を離しては、真っ直ぐに僕の瞳を覗いてくる。
リナリー達が言っていた通り、まるで吸い込まれそうな程に真っ直ぐ前を見据える瞳。……実際、僕の力は吸い込まれていたのかもしれない。



「うぉ!? ア、アレン大丈夫?」

「は、はひ……」



何故か力が抜けてしまっては、体が大きく傾いてしまう。
二度の衝撃にも耐えたと言うのに、こんな事でバランスを崩してしまうなんて……。
かっこ悪いというか、やっぱり物凄く情けない。色々と聞きたい事があるというのに、緊張して全然話せていないし。


――聞きたい事……?


そうだ、聞きたい事がいっぱいあるんだ。
本当に"君"が教団のイヴなのか。
記憶が無いのか。
どうして、僕の夢にでてくるのか。
せめてリナリー達の事だけでも聞いておかないと……っ!



「あ、あのッ、イヴ!」

「うん? ……あれ、そう言えば名前言ったっけ?」

「え? あ、それは夢の中――じゃなくて、リナリー達から聞いて」

「リ、ナリー?」



仲間の名前を出した途端、本当に瞬く間だったけれど、彼女の表情が変った気がした。
もしかして覚えている、のか……?



「その名前…………っつ!」

「イヴ!?」



ポツリと呟いたかと思えば、突然頭を抑えて蹲るイヴ。俯いてしまった事で表情こそ見る事はできないけれど、それでも頭痛に苛まれているのは分かる。


――もしかして、リナリーの名前に反応して……?


なら、リナリー達に会わせれば記憶が戻るかもしれない。楽観的かもしれないけど、名前だけでも反応があったのだから可能性は高い筈。

そう思った直後、座り込んでいたイヴの身体が立ち上がった。



「っ……ごめん、人を待たせてるから、行くね」

「え?」



立ち上がったのと同時に、近くに落ちている紙袋と、食べかけの饅頭を拾い上げる。
とは言っても、食べかけは地面に転がってしまったので、そのまま近くにあったゴミ箱へと捨てられていた。



「じゃ、またね」

「あ……」



言葉と共に背中を向けるイヴ。その光景に咄嗟に口を開く。……けれど、声を出す事はできなかった。

もしかしたら、リナリー達に会わせれば記憶が蘇るかもしれない。
でも――それを、リナリー達は望んでいるのだろうか。
彼女達は、生きてくれているだけで良いと言っていた。記憶がないのなら、それでも構わない。寧ろ何も知らず、戦いに巻き込まれる事もなく平穏に生きて欲しいとさえ言っていたんだ。

だとすれば、イヴを連れ行った所で皆を悲しませるだけなのかもしれない。



「アレン?」

「!」



僕は、どうすればいいのだろう。
そう何時の間にか顔を俯かせていると、前方から声が聞こえてきた。僕の名を呼ぶ、イヴの声。



「えっと、手……離してもらっても良い?」

「え? あっ!」



離す? と、上げた顔を傾ける。何の事かと尋ねようとした所で、僕の手がイヴの腕を掴んでいた事に気が付いた。どうやら、無意識に彼女を引き止めてしまっていたようだ。

謝りながら腕を離す僕の顔は、きっと赤く染まっているのだろう。本当に何やってるんだ、僕……。



「あ、えっと……また」



もう苦笑すら浮かんでこないものの、それでも無理に笑みを貼り付けては別れの言葉を告げる。
そんな僕を見て、イヴは暫し無言だった。――けれど、突然ふわりと身体が動き。



「――え」



優しい香りと共に、目の前一杯に広がるイヴの顔。何故か、幼さがの残る顔が目の前にあって。また何故か、口を動かす事ができなかった。



「また会えるおまじない」



訳が分からずに茫然としている僕を他所に、イヴは優しく微笑む。薄らと頬を紅潮させ、とても綺麗に、でも何処となく恥ずかしそうに。



「またね、アレン」



その表情に見惚れているのか、それとも思考が完全に停止してしまっているのか、ただ立ち尽しているだけの僕へと再び同じ言葉をかけ、イヴは今度こそ走り去って行ってしまった。



――結局、僕の意識が戻ったのはそれから数分後の事。ましてショートした思考が復旧し、今の出来事を理解できるようになったのは、ティムか銀色の蝶のような物に体当たりされながら帰ってきた、約数十分後の事だった。




ファーストキスは、饅頭味でした。

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