鳥檻のセレナーデ

□28幕.饅頭味
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28★
□ SiDE:Allen □



は暗闇だった。漆黒とまではいかなくとも、暗い暗い闇。その中で由一光を放つのは、楕円に近い銀色の月だけ。――だと思っていた。



「はぁ……」



諦めとも嫌気とも取れる深い息を落としつつ、煌々としている街中を歩いていく。時間は既に日付変更間近だと言うのに、この街はまるで日中のように活気付いている。……いや、もしかしたら日中よりも賑わっているんじゃないだろうか。

昼の過酷な仕事を終えて騒ぐ男達。彼等を出迎える店に、金と引き換えに労わる女性達。中には昼夜問わず酒びたりなんて人もいる。まるで師匠みたいだ。


――はぁ……本当にこんな所に師匠がいるのかな。


確かに師匠向きの街だとは思うけど、街の人に聞いても師匠の影は見えてこない。
大体、あの師匠を探し出すだなんて雲を掴むような話……いや、床一面に敷き詰められた白い糸の中から、一本だけある透明の糸を探し当てるような話だ。

なんたって姿を隠す事ができるマリアが付いてるんだから、まさに不可能。しかも師匠自体無駄に逃げ足が速い。
師如く、長年培った危機察知能力が役立っていると自慢していたけれど、裏を返せばそれだけ借金と教団から逃げ回っていると言う事。
そして教団ですら見つけられないのだから、僕達なんて絶望的、探すだけ体力の浪費だ。



「………はぁぁあ」



なんて思いこそするけど、任務である手前探さない訳にはいかない。まして弟子でもないリナリーやラビも一緒なのだから、弟子の僕が一番頑張らないと。



「ティム、本当にこっちの方角であってるのか?」



既に数え切れない程の嘆息を落としつつ、頭上を飛んでいるティムへと声を掛ける。ティムこそが、製作者である師匠を由一探知できる頼り綱……なんだけど。



「ティム?」



この街に近づくに連れ、ティムの様子は明らかにおかしくなっていた。常に同じ方向――海へと身体を向けては、僕の声にすら反応しなくなっている。

ムム……やっぱり反抗期なのか?
ゴーレムに反抗期があるのかは謎だけど。



「ん? いい匂い……」



どうしたものかと眉を顰めていると、不意に香ばしい匂いが漂ってきた。


――あ、そうだ。


僕は今、師匠について聞き込みをしている。なので、この匂い……多分饅頭屋かな。その人にも話を聞いてみなければ。行き成り質問だけするのは失礼だし、幾つか買ってから聞くのが礼儀だよな。うん。

そうと決まればと、周囲へと視線を向ける。饅頭屋……饅頭屋……。あれ、もしかして通りすぎたのかな。
背後にあるのかと脚を止めては、クルリと身体を反転させた。――その時。

 ―ドンッ



「わっ!?」

「むぐっ!?」



身体に衝撃が走り、続いて僕ともう一人の声が小さく響く。どうやら僕が急に立ち止まった事で、後ろを歩いていた人とぶつかってしまったらしい。



「だ、大丈夫ですか!?」

「ゲホッゲホッ!」



僕は踏み留まる事ができたものの、ぶつかってしまった人は地面へと倒れこんでしまった。
自分が原因である為に慌てて声をかけると、トントンと自分の胸を叩きながら咽返るその人。
どうやら何かを食べながら歩いていたらしく、ぶつかった衝撃でそれが喉に詰まりかけたらしい。……あ。饅頭だ。



「し、死ぬかと思った……!」



飲み物を持ってきた方がいいのだろうかと慌てていると、座っている人から声が聞こえてきた。フードを目元深くまで被っているから分からなかったけれど、どうやら女の子らしい。
その事に益々慌てては、ぶつかった衝撃で落としてしまっただろう紙袋を拾おうと手を伸ばしていく。



「すっすみません、背後にいるとはきがつかなくっ」

「うぉあ!?」



謝る僕を他所に、突然聞こえてきた驚き声。いや、悲鳴なのかな。その声に思わず「へ?」と言葉を零しては、前へと視線を向ける。――と、驚くべき事に少女はティムと全く同じ顔を……あ、いや。少女の顔へとティムが張り付いていた。



「ティム!? 何やってんだよお前っ!」

「あだだだ! 鼻! 鼻がもげるーーっ!!」



あまりにも唐突すぎて唖然としてしまったけれど、直ぐに我へと返ってはティムの尻尾を掴む。……ものの、悲鳴が聞こえた事でつい手を放してしまった。



「――ティム! いい加減にしろ!!」



言う事を聞かないだけでなく、見ず知らずの……それも女の子の鼻に噛み付いていると言う事で、思わず声を張り上げてしまう。まして元々募っていた不満が上乗せされ、張り上げた声は怒鳴り声へと変わっていた。

突然怒鳴り声を上げた僕に、女の子だけでなく、行き交う人達も驚いて視線を向けてくる。
すっかり忘れていたけど、ここは道のど真ん中。こんな所で声を荒げれば、視線の的となるのも当然だった。

周りの視線に思わず慌てふためいていると、僕が本気で怒っていた事に気がついたのか、緩々とティムが移動していく。……とは言っても、顔から頭とフードの間へと移動しただけだけ。良い根性してるのは、きっと製作者譲りに違いない。



「あ、あの大丈夫……ですか?」



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