鳥檻のセレナーデ
□28幕.饅頭味
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33★ 後 一 歩
□ SiDE:La □
グンッと勢いよく槌が伸びていく。目下に広がるのは、何処までも広がっているかのような竹林。迂闊に入ったなら迷ってしまいそうな上を、イノセンスの持ち手に立ちながら進んでいた。
「大丈夫か、リナリー?」
少しだけ顔を傾けさせては、背後のリナリーへと声をかける。
彼女の顔は酷く青ざめていた。身体は小刻みに震え、今にも倒れてしまいそうだ。
出来る事なら休ませてやりたい。けれど、きっとリナリー自身が良しとしないだろう。
それに、休んだ所で彼女の容態が治る訳ではない。彼女の症状を治す為には、二人の人物を見つけ出すしかないのだから。
「どれだけ探しても、見つからないの……っ」
リナリーが気に病んでいる人物。彼女が失う事を恐れている二人。仲間と、その仲間を助けるべく向かっていった友を。
「見つかるさ」
悲痛な声で告げるリナリーに、短く言葉を繋ぐ。
理由を知っているからこそ。自分もまた味わった感覚だからこそ、彼女の気持ちがよく分かった。
内心、俺だって酷く慌てている。
平常心を保つのがやっとで、足元の竹林を直視できなかった。場所こそ違えど、竹林というだけで否応無しに消す事の出来ない記憶が甦ってくる。
白黒の世界。
由一色を持つ紅い水溜り。
その上に残るネームボタン。
果たせなかった、約束。
脳裏を横切る光景に、リナリーに気づかれないように唇を強く噛み締めた。――その瞬間。突如、背後から爆音と爆風が流れてきた。
「!?」
突然の出来事に二人して驚き、同時に背後へと視線を向ける。音と風の示す通りに爆発があったらしく、後方の空に煙幕が立ち昇っていた。
もしかして、アクマが追ってきたんか……!?
「――あれは……!」
「リナリー!」
槌の速度を止めたのと共に、後ろのリナリーの身体が動いた。煙幕の中に何か見えたのだろうか。足場を蹴り上げては、イノセンスを発動させて煙幕へと向かっていく。
その直後だった。煙幕の中を突っ切るように、小さな物体が飛び出てきたのは。
「ティムキャンピー!」
物凄い速さで姿を現したのは、小さな金色の球体。普段アレンと共に行動をしているゴーレム事ティムであり、更に背後からはミサイルが迫っている。
発射したのは更に後方に見えるアクマに違いない。追尾型らしく、弧を描くように飛ぶティムとの距離を徐々に縮めている。
このままでは衝突するのも時間の問題だ。そうなる前にと身体を動かす。――ものの、俺よりも先にリナリーのイノセンスが発動していた。
突然現れたリナリーにどよめくアクマ達。その隙にと地面に脚をつけては、俺もまたイノセンスを発動。密接していた事もあり、火判一回でアクマ達を一掃できた。
「ティム! アレンはどうしたんさ!!」
危険が去った事で、リナリー達と合流する。
アクマに追われていたティムと、姿の見えないアレン。それだけで十分不安材料となり、辛うじて残っていた平常心さえも奪い去っていく。
俺まで取り乱してはいけないと分っている。だけど、周りの竹林がゆっくりと俺を追い詰めていくんだ。
一刻も早くここから出たい。
一刻も早くアレンを見つけ出し、嫌な記憶を奥底へと沈めてしまいたい。
そんな俺の焦りに気がついたのか、ティムは口の中に入っていたイノセンスを渡し、続けて記録されている映像を映し出していく。
「……こいつ――ッ!!」
映し出された光景に、思わず声をあげた。忘れもしない。映し出された中にいたのは、静めたい記憶の中でイヴと対峙していた男だった。
「彼が……ノア?」
手を握り締める俺の隣で、ポツリとリナリーから声が零れる。驚いているのか、それとも困惑しているのかもしれない。音声こそ入っていないが、ノアの特徴を持つ男はあまりにも"人間"に近かった。
人間と変わらない外見。でも、その内にはアクマよりも強く恐ろしい能力を備えた者――ノア。
俺達となんら変わらないと言う事は、人間に紛れて生活もできるという事。
もしかしたら、俺達だって何処かですれ違っているかもしれない。平然と話さえしているかも。
そう思うと、ゾクリと、背筋が震えた。
「――あっちさ。ティムの映像からすると、この先にアレンがいる筈だ」
「……っ!」
ティムを持ったまま前方へと指を差す。その直後、リナリーが勢いよく駆け出していった。居ても立ってもいられないのだろう。この映像からすると、アレンはかなりの重症の筈。或いは、もう……。
「クソ……ッ!!」
声を荒げ、俺もまたリナリーの後を走り出していく。
この光景には、見覚えがあった。
忘れたくても忘れらない、あの日に酷似していて。無意識に、心臓が早鐘を打っていく。
あの日……約束を交わした彼女に早く会いたくて。
彼女の驚いた笑顔が見たくて。
彼女に、会いたくて。
今みたいに駆け寄っていった。
けれど――。
「い、ない……」
「な、ん、だよ……これ」
残されているのは、血だけ。
彼女が居たという、証だけ。
「どこにも、アレンくんがいない……っ!!」
そしてそれは、今回も同じだった。ティムが映していた場所へと辿りついたけれど、アレンの姿は何処にも無い。
残っているのは、あの時と同じ夥しい血だけ。
どうして、いつもこうなのだろう……。
いつも、後一歩、足りないんだ。
今回だって、彼女の時だって。
地面に泣き崩れるリナリーを隣に、強く自分の手を握り締める。
血が滲む程に、痛みを感じる程に強く力を込めていた。……その時、ふと地面に落ちているトランプに気がついた。
――スペードのエース。
どうしてこんな所に一枚だけ?
《――聞こえるか、ラビ》
落ちていたトランプを拾った所で、近くを飛んでいた別のゴーレムから通信が入る。
「……何?」
《港へ戻れ。使者が着た》
「使者?」
一体どういう意味なのかと言葉を繰り返すも、それ以上の返答はなくて。
項垂れるリナリーを連れて、後ろ髪を引かれる思いで。――二度目の痛く、苦しい記憶となった場所を後にした。