鳥檻のセレナーデ

□28幕.饅頭味
14ページ/18ページ

G o o d n i g h t m a r e_
男から発せられた言葉に、ざわりと、周りの空気が変わった。



「お、前が……っ! お前がイヴをッ!!」



腕を切り落とされた事で消沈していた雰囲気が、一瞬にして怒気を含む。
もし今自由に動けたとしたなら、迷う事無く男へと殴りかかっていただろう。



「そんな怒るなって。俺が殺したのはあくまで"エクソシストのイヴ"で、イヴ自身はちゃんと生きてるんだから。少年だって昨日話してただろ――"俺達ノアのイヴ"と」



煽る言葉と共にアレンを一瞥しては、再び男の身体がイノセンスへと向けられる。
満足そうな笑みを浮かべ、喉を鳴らすように数度零れる笑い声。



「――ん?」



だがそれも、地面へと落ちているモノを見るまでの事だった。
人間の腕でありがならも、普通の人とは違う腕。イノセンスが宿った腕は、小さく震えていた。
まるで持ち主の怒りを感じ取っているかのように。主の元へと帰ろうとしているかのように。



「……へぇ。これはもしかして、もしかしてだな」



予想外の反応に、男の顔に別の意味の笑みが浮かぶ。この場合は予想外であればある程、"期待"は膨れ上がっていく一方だろう。



「さて、少年のイノセンスはどうかな」

「……ろっ! やめろぉぉぉおッ!!」



不気味な程に笑みを深め、イノセンスへと手を伸ばしていく男。その光景に一際大きなアレンの叫び声が木霊する。――が、声だけで男を止める事はできなかった。

地面へと落ちている左手。それへと触れる男の指。刹那、響き渡る破裂音。外郭とも呼べる腕が無くなり、露になったイノセンス。
それへと男の手が伸び、そして。

 ―バァンッ

アレンのイノセンスは、男の白い手袋の中で粒子と化していったのだった。



「――」



ずっと共に戦ってきたイノセンス。
それは少年の希望であり、罪滅ぼしであり、今は亡き大切な人との繋がりだった。
それが――破壊された。



「……ハズレか」



茫然とするアレンを背後に、「なんだ」と男の残念そうな声が響く。

アレンのイノセンスが"ハート"であるならば、仲間のイノセンスも砕ける筈だった。だが、ソレが起きないという事は、アレンのイノセンスは"ハート"ではないという事。
異常な反応を見せていた事から、多少なりとも期待をしていたのだが……そう簡単にはいかないらしい。



「ま、今回俺の仕事は暗殺だしな」



心の中で静かに嘆息を零しては、再びアレンへと身体を向ける。
今の男にとって、イノセンスはあくまで"ついで"の事。
本当の狙いは――。



「……ティム」



ポツリと声を零したのは、茫然としていたアレンだった。
近づいてくる男に気が付き、近くを飛ぶ事しかできないでいるゴーレムの名を呼ぶ。
先程までとは違い、至極落ち着いて声で。まるで死を覚悟したのか、それとも仲間の為に時間を稼ごうとしているかのように。



「逃げろ、ティム。スーマンのイノセンスをもって」



逃げろ――そう冷静な声で告げるアレンに、ティムの身体が大きく左右へと動く。アレンを置いてはいけないと、首を振るかのようだった。



「お前が行かなきゃ、皆が師匠の所にいけないだろ」



諭すように告げるアレンの瞳は、やはり真っ直ぐに前へと向いている。
不安も恐怖もない程に。……いや、本当はとても不安なのかもしれない。
怯えているからこそ、それを見せまいとして。それに屈しないようにと、ひたすら真っ直ぐに視線を前へと向けていた。

そんな瞳を見たからなのか、それともアレンの気持ちを汲み取ったのか。
暫しの硬直の後、ティムは落ちてたイノセンスを咥え、空高くへと飛んでいったのだった。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ