鳥檻のセレナーデ

□28幕.饅頭味
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Allen=Walker_
その表情を見て、今度は男が瞳を見開く番だった。
死を目前にして尚も前を見据える顔。恐怖には屈しないと告げるかのように、強い光を宿した瞳。

その姿に何故か一瞬。本当に一瞬だったけれど、近くで待たせている少女が重なって見えた。――いや、今の少女であって彼女ではない人物と、重なって見えた気がした。



「……しらけるね」



だから、だろうか。
数秒の沈黙の後、男の手がアレンから離れたのは。
肩を竦めるその顔が、呆れと言うより、苦笑に近かったのは。



「盗りゃしねぇよ。このままじゃ俺の手袋が汚れるもん。だから普段はティーズを手にくっつけて喰わせてたんだ」



ティーズというのは先程の蝶の名称であり、千年伯爵が作った人喰いゴーレムなのだという。



「スーマンは協力してくれたから、すぐ殺らずに苗床になってもらった。おかげで少し増えたよ。――ただな、あの状態になっちまった事でうちの姫さんが異様に怯えちまって」



溜息交じりに告げる男の脳裏に、先程の少女の姿が思い出される。
訳も分からず、ただ「こわい」と。記憶が無いにも関わらず、息を詰まらせる程に怯えていた少女。
それだけ、恐ろしい目にあったのだろう。消し去る事ができない程の恐怖を植え付けられているのだろう。――それが、腹立たしかった。



「俺としてはもう少し苗床にしてもよかったんだけど、余程怖い目にあったようでさ。姫さんが怯えてる姿は見たくないから、こうして壊しにきたって訳」

「――っ!」



その気持ちを声に出す事はなく、どちらかと言えば飄々とした態度で告げる。
あえて表に出さなかったのは気まぐれなのか、それともこの少年には告げたくなかったのか。

どちらにしても、そんな男の態度にアレンの眼つきは一層鋭くなっていた。



「残念だな、少年。白い俺ん時に会えていればもう一度お前と勝負したかった。うちの姫さんもお前の事、大層気に入ってるんだぜ? ――それこそ、俺が嫉妬するくらいに」

「……」



眼つきを鋭くさる一方、男の言葉に疑問を抱く。

ノアの姫。それはもしかして、以前巻き戻しの街で出会った少女の事なのだろうか。
彼女もノアであり、エクソシストの事を気に入ったとも言っていた。……だが、あの少女が咎落ちした仲間を恐れると言うのは、どうにも想像しにくい。
しかし、彼女以外に女性のノアと会った記憶は無い……。

そう、記憶と思考を張り巡らせている少年を前に、男はピラリと一枚のカードを取り出した。



「――なぁ、アレン・ウォーカー」



その言葉は、最早疑問系ではなかった。
アレンが返答した訳でも、名乗った訳でもないというのに。男は、名前の人物である事を確証していた。


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