鳥檻のセレナーデ

□28幕.饅頭味
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31★Allen=Walker
□ ■ □



うして――どうしてっ!!」



ダンッ! と、鈍い音が辺りに木霊する。音を出したのは、青年というよりもまだ少年に近い子供だった。
幼さの残る顔を怒りで歪め、自分の無力さにただ脱帽している。ただ、力の入らない手を握り締め、やり場の無い怒りを地面へと叩きつけていた。



「どうして……っ」



悲痛な声で悲しみに嘆く少年。その前にいるのは、かつて彼の仲間であった男の姿。
イノセンスに選ばれ、イノセンスを用いて戦い、そして――イノセンスに殺された者。

少年の必死の奮闘も空しく、彼の心は壊されてしまった。彼自身が持っていたイノセンスによって。



「……――ティムキャンピー、リナリー達を呼んできて」



助けられなかった事への後悔と懺悔。その二つに打ちのめされるものの、今一度自分の手を握り締めては、心配気に飛んでいる金色のゴーレムへと話し掛ける。



「彼は死んだ訳じゃない、まだ生きてるんだ」



心を失ったとしても、彼は"人"だ。
意識が無いとしても、体の器官は必死に生きようともがいている。

――諦めない。

彼には帰るべき場所がある。
彼の帰りを待っている人達がいる。
その人達の為に、何より彼の為に。



「この人を、家族ホームへ返そう」



それが、彼の望みだった。例え仕えるべき神に逆らったとしても、叶えたい願いだった。
だから……だから、せめて家族の元へ。そう祈る気持ちで、相棒のようなゴーレムへと話し掛けた。――その直後。



「バイバイ、スーマン」




それは、一瞬だった。
突如、膨れ上がる頭部。
刹那、響きわる破裂音。




「スー、マン……?」



今、何が起こったのだろう。
どうして、目の前の男は倒れているのだろう。何故、彼には上半身がないのだろう。


――何が起こったのか、分らない。


そう、ただ目を見開く事しかできなかった。ただ唖然と前を向き、ただ茫然と呼吸を止めた身体へと視線を向ける。愕然と、"物"と化した仲間を見つめていた。

今、少年が何を考え、何を思っているのか。――想像するだけ無駄な事だった。考えるだけでの思考は動いておらず、何かを思うだけの判断材料さえない。ある意味、今の少年は無心だったのだ。

だからこそ、何の躊躇いもなく振り返える事ができたのだろう。
其処にいるのが仲間なのか、敵なのかも考えず、ただ気配へと反応をする身体。
目の前の光景を取り入れているだけの瞳には、シルクハットを被り、黒いコートを纏った男の姿が映し出されていた。

自分達とはまた違う、黒いコートの男。その姿には見覚えがあった。忘れたくても忘れられない姿に、止まっていた少年の思考が動き始める。


"仲間の死体"
"水の上に立つ礼服の男"
"褐色の肌に左目許の黒子"


それは、つい先程仲間の"中"で見た、彼の記憶にあった光景だった。その一つ一つが脳裏へと蘇り、そして目の前の男と合致していく。
それはつまり――。



「ノ……ア」



この男だ。
この男が――ノア。
仲間を、スーマンを咎落ちにまで追い詰めた元凶。



「おいで、ティーズ」



再び静まり返った竹林へと声を響かせたのは、その男のほうだった。
小さく言葉を呟いたかと思えば、フワリと何かが宙へと舞い上がる。
スーマンの身体から、飛散していた血の中から現れたソレ。黒い羽にトランプの模様が描かれているソレは、一見蝶のように見えた。



「!! ……これはっ!?」



けれど、出現した場所を考えれば、普通の蝶でない事は一目瞭然。まして、まるでスーマンの血や身体が蝶で出来ていたのではと思う程現れたとなれば、少年からも漸く声が零れた。



「おいで」



もっとも、少年が呟いた所で男が気にする事はなく、再び男の声が闇夜へと木霊する。――その直後の事だった。宙を彷徨っていた蝶達が、まるで吸い込まれるかのように動きを見せたのは。



「!?」



突然勢いよく男の掌へと突進し、身体の中に吸い込まれているかのように消えていく蝶。
あまりの勢いに風が吹き荒れる。
地面に落ちていた枯葉が舞い上がり、その中心にいた少年は目をあける事もできなかった。
自分の顔を庇う事しかできず、ひたすら、終わりがくるのを待つ事しかできなかった。


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