鳥檻のセレナーデ

□26幕.そして鈴は鳴り
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そしては鳴り始める_
浅瀬を走っていた男の人の脚が止まり、背後から聞こえてきた二種の声に振り返る。
一つは私の仲間の声。もう一つは男の人の仲間の声。
平然とした声と、断末魔の叫び。どっちがどっち――なんて、考えるまでもなかった。



「リド……!」



水面に浮かぶ二つの体。二人から二つへと化したソレは、共に黒いコートを纏っている。傍には彼等がエクソシスト"だった"証の武器も。……あ、目みちゃった。



「中々考えたようだけど、相手が悪かったな」



そんな彼等の間を歩くティキ。浮いている二人は半分程沈みかけているというのに、ティキの脚は沈んでもいなければ、濡れてすら居ない。――それが余計、男の人の恐怖を駆り立てているのだろう。抱えられている腕が、微かに震えているのが伝わってくる。

彼が今どんな表情をしているのか、私からでは見る事ができない。
けど、前にいるティキの表情なら見る事はできる。

彼は、ティキは――笑っていた。
たった今、二人の男の人を殺したばかりだというのに、それを感じさせない程平然と。まるで、何事もなかったかのように悠々と。


――こんな時、私はどうすればいいのだろう。


私も、彼みたいに平然としているべきなのだろうか。ノアの一員として、殺意のように慣れるべきなのだろうか。

それとも、背後の男の人みたいに、身体を震わせて怯えるべきなのだろうか。今のティキが怖いと、認めてしまうべきなのだろうか。――でも。



「おいで、イヴ」



スッと、男の人に――いや、私に向かってティキの片手が差し出される。男の人達に向けるのとは違う、柔らかくて優しい瞳。


――恐らく、この男の人は、私の知らない"私"を知っているのだろう。


今なら、ソレを聞く事ができる。
自分の過去を知る事ができる。……だけど、それでも。



「ぐっ!?」



唐突に呻き声を上げたのは、私を抱えていた男の人だった。私の肘が鳩尾へと入った事で声が零れ、更に私を抱えていた手から力が抜ける。



「……っと!」



緩いながらにも拘束していた腕が離れた事で、足下の浅瀬を勢いよく蹴り上げた。と言ってもそのままの体制で飛び上がったわけではなく、背後から男の人の肩へと両手を置き、脚を空へ向けるようにして男の人を飛び越える。



「おっと」



少々力が入りすぎたのか、危なくティキまで飛び越えそうになってしまったけれど、そこはティキの腕が支えてくれた。



「随分とまぁ派手なお帰りで」

「う、うるさいっ」



私を抱き上げながらも、茶化すように笑いと声を零すティキ。その言動に薄らと眉を吊り上げる反面、頬に熱が篭っていくのが分かる。

そりゃティキは"能力"があるから水面を歩けるど、私にはそういった力はない。
水を掻き分けて走るとなると、必然的に逃走速度はガタ落ち。下手をしたらそのまま転んでしまうかもしれないのだから、上を飛んだ方が早い……と、さっきは思ったのです。さっきは。



「イヴ……!?」



何故かヘラヘラと嬉しそうに笑っているティキに、照れ隠しも篭めて頬を抓っている。と、背後から呻き声にも似た声が聞こえてきた。

辛そうな、何より悲しそう声。その声で名前を呼ばれた事と、まして原因が私である事に、少しだけ、心が痛んだ。



「直ぐ片付けるから、そこの石の上で待ってな」

「え? ――ヒっ!?」



ティキの腕に抱き上げられながら男の人へと視線を向けていると、再び身体に浮遊感……いや、最早衝撃と言うべきか。近場にある岩石に向かって突然投げ飛ばされた事で、口から言葉にならない悲鳴があがる。

幸い緩い弧を描いていた事で、岩に衝突する事も、湖の中へと水没する事もなく着地できた。……けど、少しでも着地に失敗してたら岩石に顔からつっこんでたよね。アレ、もしかしてさっき顔抓ったの、さり気なく根に持ってた?



「んじゃ早速お仕事再開といこうか。――えーと」



ティキの真意は定かではないけれど、私が着地した事を確認しては声を響かせていく。

視線は前……男の人へと向け、手に持つ三つの銀ボタンを軽く宙へ跳ねさせながら。……あ。あのひとつ、さっき私が落とした奴だ。



「イヴー、確認ー」

「えっ、あ、えっと」



響く彼の声が名前を読み上げているのだと気が付いては、慌てて自分の体へと手を這わせていく。
カード、カードっ。えーと、本当に何所にしまったかな……――あ、あった!



「んーと、デイシャ……チャーカー……うーん? ないっぽい」

「あちゃー、またリスト外か」



漸く見つけたカードと睨めっこをしては、名前の有無を確認する。
結果は『はずれ』。名前が載っていない事を告げれば、ティキは軽く肩を竦めていた。――最も、『はずれ』た事に落ち込み、『人違い』だった事を詫びている訳でもなく。



「――で」



ゆっくりと近づいて来るティキに、男の人の顔に発狂しそうな程の恐怖が広がっていく。
その姿は最早"神の使徒エクソシスト"というよりも、ただの人間で。



「お前は、なんて名前?」



怯え竦んでいる男の人を嘲笑うかのように。
今から人を殺そうというのに、ティキはやっぱり――笑っていた。


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