鳥檻のセレナーデ

□22幕.二重生活
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生存確認_
□ SiDE:La □



「どうぞ」

「……ありがとう、アレンくん」



アレンが差し出したお茶を、リナリーの手が受け取る。彼女の表情からは先程までの錯乱振りも消えていて、場所を移動した事もあって大分落ち着いたようだ。

そんなリナリーを横目に、俺の口から零れる小さな溜息。……この溜息が安堵だけのものだったら、どんなに良かっただろう。


「答えてラビ! もしかしていヴを見つけたの? 彼女は生きてるの!?」


先程の光景が否応なしに再生される。
できる事なら、彼女には秘密にしておきたかった。漸く立ち直る事のできた彼女だからこそ、もう少しだけ時間を置いておきたかった。

……だからといって、アレンを責めている訳ではない。入団したてで何も知らないのだから、アレンを責めるのは筋違いだ。――そう、本当に責められるべきなのは、一番悪いのは……。



「あの……」



辺りに漂う気まずい雰囲気。その中で最初に声を上げたのはアレンだった。



「イヴ……さんの事、もう少し詳しく聞かせて貰ってもいいですか? 彼女がどんな人で、どうして死んでいる事になったのか」

「それを聞いてどうする?」



皆の……特に俺とリナリーの反応を伺いながら問い掛けるアレン。その言葉に真っ先に反応したのは、意外にも俺の隣に座っているじじい。
感情の篭っていない声。ブックマンとしての毅然たる態度で返された問いに、一瞬アレンが言葉を詰まらせたのが分かる。



「……わかりません。でも彼女の事が知りたいんです。……いや、違うな」

「違う?」



数秒程言葉を捜していたかと思えば、自分が告げた言葉に首が横へと動く。



「――知らなくちゃいけない。そんな気がするんです」



それは、アレンの中でも納得できる答えだったんだろう。さっきまでの戸惑いはなく、確信に満ちた瞳を真っ直ぐに前へと向けていた。

只管に前を見つめる瞳。イヴに似た、意思の強さを感じる眼差し。……その反面、何故か儚さをも感じるのは俺だけなんだろうか。無意識に、アレンにイヴの面影を重ねてしまっているのだろうか。



「……イヴは、不思議な人だったわ」



一瞬漂う静寂。次にそれを破ったのは、じじいよりも意外なリナリーだった。
まさか彼女が返答するとは思ってもいなかったけれど、聞こえてくる声はアレン動揺に落ち着いている。
もしかしたら、リナリーは俺が思っている以上に強いのかもしれない。



「何時も笑顔で、優しくて暖かくて、そして凄く心の強い人。嬉しい時は一緒に笑ってくれて、悲しい時は抱きしめて一緒に泣いてくれる」



ゆっくりと話続けるリナリーの言葉に、ふと教団に来た当時の事を思い出した。

物事を客観的に見る為に、一歩周りから距離を置いていた自分。でも本当は、人間という生き物に嫌気が差し、軽蔑さえしていたあの頃。

そんな俺へと、イヴは何時も笑いかけてくれた。
リナリーやユウと同じように、まるで古くからの友人のように手を差し伸べてくれた。
戦友ではなく仲間として。仲間よりも友として。友であり、また家族として。



「時間がある時は皆に歌を歌ってくれたわ、子守唄のような、優しくて暖かい歌。その歌を聞いている時は、凄く安らげて。私も兄さんも、神田でさえ、その歌を聞くだけで癒された」



そのまま「ラビもでしょ?」と問い掛けられては、直ぐに顔を縦へと振る。
彼女の歌を聴いた人は、みんな口を揃えて『天使の歌声』だと言っていたっけ。……もっとも、本人だけはそんなものではないって、苦笑いを浮かべていたけど。
「天使なんて、そんな大層なものじゃないよ」って、困ったように笑っていた顔が蘇ってくる。



「イヴもね、アレンくんやクロウリーさんと同じ寄生型なの。彼女の場合それが喉にあって、声……特に歌声こそ彼女の武器であって皆を守る盾でもあった」

「声……師匠の聖母マリアに似てますね」



小さく呟くアレンに、リナリーもまた顔を頷かせる。



「でも歌声だと隙も大きいでしょ。だからイヴは誰かとコンビを組まされる事が多いんだけど。……あの時は、どうしても人手不足で、結局彼女一人で現場に向かったの」


最後の方で言葉を濁すリナリーに気づいては、俺の顔に苦笑が浮かぶ。恐らく、彼女なりに気遣ってくれているのだろう。でも――。



「――途中までは、俺も一緒だったんさ」



彼女の代わりに、俺がその後の言葉を引き継ぐ。その先はリナリーよりも……いや、誰よりも、俺が一番良く知っているから。


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