鳥檻のセレナーデ
□22幕.二重生活
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少女の決意_
蝶の後方を走っている女。
蝶と同じ、銀の長い髪をしたソイツ。
ここから見えるのは横顔だけだが、その顔は確かに――。
「――イヴ」
無意識に、名前を口にしていた。
そんな訳ある筈がない。
アイツは死んだ。
あそこに、ここにいる筈がない。
そう、分かっている筈なのに。
「イヴ――!」
もしかしたらアクマの見せる幻覚かもしれない。
もしかしたら、アクマが油断させようと仕組んでいるのかもしれない。
そう、分かってはいる。
分かってはいるのに。
「イヴッ!!」
声が無意識に口を伝い、体が勝手にアイツの元へと走っていく。
名前を叫んでは、邪魔をするアクマを切り伏せては、走りぬけようとしているアイツの元へと急ぐ。
「――返事ぐらいしやがれッ!」
切り捨てるように六幻を振り翳すものの、行く手を塞ぐアクマの数は一向に減る気配がない。
まして俺の声等聞こえていないかのように、アイツの脚は走り続けている。このままでは、また見失ってしまう。
――頼む。こっちを向け……!
「こんの……っ、童顔ドチビーーッ!!」
咄嗟に俺の口から零れたのは、そんな言葉だった。
最早名前ですら無かったけれど、それでもアイツになら……イヴになら伝わる筈の言葉で。イヴなら反応する筈の単語で、――そして。
「誰がチビだーーッ! ……って、あれ?」
前を走っていたソイツも、イヴと同じ行動を示した。走っていた足を止め、俺へと振り返る。
俺を見た紅瞳。真っ直ぐに前を見据える視線。幼いガキのような顔。そこにいたのは確かにアイツだった。ずっと俺を苦しめていた、もう一人の女だった。
「――「後ろ!!」
もう一度名を呼ぼうと口を動く。――が、それよりも先に、アイツの声が辺りへと響き渡った。
弾かれたように背後へと振り返っては、考えるよりも先に六幻を振り上げる。途端、地面へと崩れ落ちるソレ。俺の前にいた物体が倒れた事で、背後にいた別の物体の姿が視界へと入り込んでくる。
――チッ、さっきより増えてんじゃねぇか。
ざっと見積もっても軽く数十体。しかもその大半がレベル2となると、流石に顔を顰めざる終えない。――クソ、どうする。
「……お? 向こうにいるのって人間じゃん?」
「ホントだぁ。ついでにやっちまおうぜ!」
睨みつけるようにアクマの群れと対峙していると、視界の隅にいる二体のアクマの声が聞こえた。俺ではなく、俺の背後へと身体を向けて会話をするアクマ達。六幻を構えたまま、聞こえてきた内容に更に眉を顰める。
――人間……? ならあのイヴは本当に、生きている、のか?
「へっへー、早いもん勝ちだぜぇー!」
「むぎゅっ」
「あっ、ずっりぃ!」
「!」
突如襲いかかったのは、会話しているアクマの背後にいた別のアクマだった。
前のアクマを踏み台にして飛び上がり、爪を光らせた腕をゴムのように伸ばさせる。――俺ではなく、イヴに向かって。
それでも、本来のイヴなら簡単に避けれる攻撃だった。敵の隙が大きい事もあり、回避して反撃さえできる筈。……だが、そう思っていたのは俺だけだったらしく、何故か背後のイヴは動こうとしなかった。
身体を強張らせ、思考が停止しているかのように立ち尽くすイヴ。
避けろ――そう声を荒げようとした、刹那。
鈍く、嫌な音が周囲へと木霊した。
「……な」
驚いた声を上げたのは、俺……ではなく、俺の背後にいるイヴだった。
その事に対して怒鳴り声さえ上げてやりたかったが、ムカツク事にそんな暇もなければ余裕も無く。
六幻を握り直しては、俺の体へと伸びている腕に向かって振り翳す。咄嗟にイヴの前へと出た事で、俺の身体に刺さったアクマの爪。
それをそのままに、伸びている腕を上から下へと切断させた。
「くッ……!」
支えていた力が無くなり、地面へと落下するアクマの腕。腕が落ちたと言う事は、俺の身体に刺さっている爪も一緒に抜け落ちる事であり、その痛みに思わず声が零れる。
塞いでいた爪が無くなった事で、途端に流れ始める紅い血。体の中から何かが失っていく感覚に、グラリと視界が揺れた。
「な、何で……」
「……あ?」
背後から聞こえる言葉に、振り返る事なく声を返す。
聞こえてきた声は、確かにイヴのものだった。記憶でも、幻聴でもないイヴの声。
「何で、庇ったの。貴方……だって……」
「う、るせぇ。テメェに、言われたく……ねぇんだよ……」
お前の方が見境なく庇ってんじゃねぇか。そう告げようとしたが、それよも先に酷い眩暈に襲われる。
思っていたより傷が深いのか、それとも出血が酷いのか、意識は既に朦朧とし始めていた。
ダメだ、こんな所で……。こんな時に、気を失うわけには……ッ。
「に、げろ、イヴ……」
「! どうして名前――あぶなっ!」
必死に意識を保ち、六幻を構えようと手に力を篭める。だが、俺の意思とは裏腹に体は言う事を聞かず。
直後、俺の耳へと入ってきたのは、自分の倒れる音だった。
薄れ行く意識の中で見えたのは、倒れた俺へと駆け寄ってくるイヴの姿だった。
――逃げろっつってんだろうが、このバカ……。