鳥檻のセレナーデ
□22幕.二重生活
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二重生活者_
それから数分。
食事もそこそこに黙々とペンを走らせる四人。……は、表向きで、実際にペンを走らせているのは私と千年公だけだった。
ロードは飽きてレロで遊んでるし、ティキはティキで頬杖付きながらぼんやりと私を見ている。
真正面から向けられる視線に小首を傾げれば、何故かニッコリと朗笑するティキ。
――ぶ……不気味だ。というか、何かを企んでいそうで怖い。物凄く怖い。
そんな訳で、私も中々ペンを進める事ができず。結局頑張っているのは、シルクハットに鉢巻を付けている千年公ぐらいとなった。
私達の長なのに……。
悪の総本山とまで言われてるのに……。
何だか無性に千年公が健気な人、或いは影で努力する人に見えて、少しだけ同情してしまった。なんだかんだ言って一番面倒見が良いのって千年公だよね。
やっぱり少しでも彼の負担を減らそうと本へと視線を向けた。――所で。
「!」
スッと、ティキの前に一枚のカードが差し出される。
「ここへ私の使いとして行ってきて欲しいんでスv」
差し出したのは隣に座る千年公。
そのカードを見た途端、「遠っ」っと、ティキから言葉が零れる。
どうやらカードに何か書かれているようだけど、真正面に位置する私からでは背表紙しか見る事ができない。
けど……いいなぁティキ。お使いくらいなら私が行くのに。
「二つ目のお仕事v」
言葉と共にスッと千年公の指がずれる。それに伴って、一枚目の背後から同じカードが姿を表した。
「ここに記した人物を削除してくださイv」
削除。その言葉を聞いた途端、もしくはカードの名前を見たからか、一瞬ティキの瞳が細められる。
何かに悲しんでいるのか、それとも、何かに怯えているような瞳。
「多っ」
でもそれは本当に一瞬の事で、数秒と掛からずして元の表情に戻る。――いや、表情だけが嘘をついていた。
咄嗟に声を掛けようとしたものの、それよりも早くティキが立ち上がる。「了解ッス」とだけ返事を返し、皆に背中を向けるティキ。
外に出ようとしているのだと分かっては、私もまたまた立ち上がろうとした。……けれど。
「ティッキー」
私が立ち上がるよりも早く、片腕が下に向かって引っ張られた。
「手伝ってくれてありがとぉ」
私の腕を引っ張ったのは、隣に座っているロードだった。
私の腕を掴んだまま、扉に向かって行くティキへと声を掛ける。
どうして引き止めるのだろうとロードへと視線を向けるけれど、ロードはティキへと視線を向けたままで。
「……家族だからな」
彼女の言葉に、ティキはやっぱり数秒の間を空けた後で静かに呟く。
表情こそ苦笑という笑顔だったけれど、その瞳はもっと別のもの。
色々な感情が交じり合った瞳。中でも一番強いのは、恐れ、なのかもしれない。
初めてみるその瞳に、初めて、言い表しようのない不安を感じる。
今日、列車の中で感じた不安とはまた別の不安。あっちはモヤモヤとしたものだったけど、今心中に渦巻くのは――。
「ティキぽん、辛いのかナ?v」
「人間と仲が良いレロものねぇ……」
「辛いって言うかさぁ」
一旦言葉を区切ったかと思えば、ロードの視線が私へと向けられる。
「『怖い』んじゃなぁい?」
真っ直ぐに瞳を見つめながら告げる言葉に、私の顔からもまた、血の気が引いていく。
今、心中に渦巻くのは――ティキが何所か遠くへ行ってしまうような。ティキを失ってしまうかのような。
体が震える程の、恐怖、だった。