鳥檻のセレナーデ

□22幕.二重生活
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25★
□ SiDE:Ko □



い頭痛を感じる。
立っていられない程の眩暈と、何も入っていない筈の胃から逆上する吐き気。
また――この感覚に襲われる事になるなんて。



「――以上6名のエクソシストが死亡。探索部隊ファインダーを含め148名の死亡を確認しました――」



この本部から、多くの仲間が世界各地へと旅立っていった。
共に同じ志を持ち、共に同じ希う未来の為に旅立った仲間。

それが今日、本部へと戻ってきた。
無機質な入れ物に、詰め込まれて。



「エクシスト6名ってなんだよ……」

「全然だめじゃないか、神の使徒じゃないのかよ、オイ」

「死んでんじゃねーよ……」



背後から聞こえる不安と批難の声。
その一言一言が、僕の胸へと深く突き刺さり、重く圧し掛かる。

これは僕の責任だ。僕が伯爵の動きを掴めないばかりに、大切な仲間の命が散っていく。



「――黙れよ」



珍しく怒気を含んだリーバー班長の言葉に、強く、唇を噛み締める。

彼は強い。仲間達の為に声を荒げる強さをもっている。
僕は弱い。突きつけられた現実に、混沌とした未来に、ただ唇を噛締める事しかできなかった。



「命かけて戦ってきた仲間の前で、泣き言ほざいてんじゃねぇよ」



それは、批難の声をあげていた彼等にではなく、僕へと向けられた言葉だったのかもしれない。

泣き言を言っている暇はない。
唇を噛締めている時間はない。
目の前にいる彼等は、自らの命を張ってまで戦いを終わらせようとしている。……そう、言われている気がした。

そう、僕だって分かっている。

――でも、僕に何ができる?
彼等のように現地へと行く事も、戦う事も、命を張る事すらできない。
僕は何をすればいい。力のない僕に、一体何ができる。


『力だけが、強さじゃないよ』


止め処なく響く嗚咽と悲涙。その中で、不意に彼女の声が聞こえた気がした。


『弱さを知っているから、誰かを守ろうと思えるようになる。大切な人を守ろうと、強くなれる』


優しい声色。でも、怒っているようにも聞こえる。まるで母親が子供を叱っているような、悟らせようとしているような、そんな声。


『人は、弱いからこそ強くなれる』


――ああ、そうか。そうだね。
君は何時も、僕に言ってくれた。
不安な時、悲しい時、寂しい時、どうしようもなく怖くなった時。君はいつも、暗闇の中へと向いている僕の足元を照らしてくれた。


『コムイは、コムイにしかできない事をすればいいんだよ』


僕は弱い。でも、弱いなりにできる事がある。
彼等の意思を無駄にしない為に、僕は僕の方法でノアを止める事。
そして――。



「おかえり」



被っていた帽子を取って、身体を大きく曲げる。目の前で眠っている彼等へと、深く、深く頭を下げる。



「がんばってくれて、ありがとう」



僕に今できるのは、もう会う事のできない彼等に。精一杯頑張ってくれた仲間達に、敬意と、安からな眠りを与えること。




†††




暫く頭を下げた後、僕は大聖堂から司令室へと歩き出した。
今教団は静まり返っている。いや、本部全体が悲しみに沈み、先の見えみえない恐怖に怯えているようだった。

怯え悲しんでいる彼等の為にも、もう会う事のできない仲間達の為にも、一刻も早く伯爵の動きを把握しなければいけない。――そう気持ちばかりが急いでしまっているのは、隣を歩くリーバーくんも同じなのだろう。
歩いている時間すら惜しいというように、殉職したエクソシスト達のカルテを読み上げている。


「解剖の結果、エクソシスト三名の遺体がイエガー元帥と同じ状態でした」

「同じ?」

「デイシャ・バリーとソカロ部隊の2名……。身体を開いた跡がまったく無いのに、臓器のひとつがまるごと取り除かれているんです」



聞かされた事実に、脚を動かしたまま顎へと手を当てる。

身体を開かずして臓器を取り出す。そんな事、普通の人間ならまず不可能だろう。まして一人は元帥だ。普通のアクマなら太刀打ちできる筈が無い。
となれば、一番可能性が高いのは――ノア、か。



「ティエドール部隊とソカロ部隊は三人構成だったけど、他三人の生存確認は?」

「ティエドール部隊の神田とマリは連絡が取れてます。……が、ソカロ部隊のスーマン・ダークが今だ消息不明状態です」



――消息不明。
その言葉が僕の胸を再び締め付ける。

なんて冷たい言葉なのだと思う。
生きているか、死んでいるかすらも分からない残酷な言葉。
生きているかもしれない――なんて言う希望は、所詮一時凌ぎでしかなくて。一瞬でも希望を持たされれば、後は奈落の底へと突き落とされるだけ。
残されたものにとって、なんとも歯がゆくて、なんとも惨い言葉なのだろう。



「――コムイ室長」



その言葉に対して顔を顰めていると、不意に背後から名前を呼ばれた。
一瞬リーバー班長かとも思ったけれど、彼よりももっと若い声。それも潤声だった為に、進んでいた足を止め、背後へと振り返る。



「君は……」



背後にいたのは、白いコートを纏った青年だった。まだ十代のような若い顔には、痛々しい包帯が巻かれている。



「46番隊の隊員です。ルーマニアでの探索中アクマの攻撃を受けました。隊長は……私を庇った為に死にました! 故郷に私と年頃の息子がいると。お願いです、隊長を――隊長の遺体を故郷にいる家族の元へ返して頂けないでしょうか!」



一気に捲くし立てる青年。悲しみを抑える事ができなかったのか、その瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。
恐らく、彼もまた父のように思っていたのかもしれない。或いは、隊長と父親を重ねていたのかも。

その気持ちは痛い程に分かる。――けれど。



「彼等は全てここで火葬にして葬る。それが教団の掟だ。例外は認めない」



感情を込めないように、気持ちを乗せないように、必死に自分を押さえつける。



「遺族に連絡する事も許さない。教団に属した者の情報は全て教団で処理する」

「そんな、無慈悲な……」

「私達は世界の為に戦っているのに……」



そう声を零したのは、青年の背後にいる別の二人だった。悲痛な面持ちで視線を向ける二人を背後に、前にいる青年はただ――愕然としている。声を出す事も出来ない程に。



「――キミは、死んだ仲間がアクマにならないと言い切れるかい?」



それでも、僕はたった一つの例外を認めるわけにはいかない。その一つを認めてしまえば、次の例外も認めなければならないから。



「死んだ父親を見て、その息子が父を求めないと言い切れるかい」



僕には、エクソシスト達のような特別な力はない。ファインダー達のように、命を張って現場にいく事すらできない。



「彼等には――世界の為に消えてもらう」



僕は弱い。
それでも、僕には僕にしかできない事がある。傷つき、疲れ果てた仲間をこれ以上傷つけさせない為に。彼等がゆっくりと眠れるように。
皆が世界を守るように、僕は皆の心を守る。


それが――彼女が照らしてくれていた道。イヴちゃんが教えてくれた、僕にできる事だから。


お仕事編1・完
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