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暗闇に染まった静かな街並み。人影すら見当たらないその街には、少女の歌声が静かに木霊していた。
「上機嫌だな。んなに嬉しい?」
ふわふわと踊るように歩くビスクドールのような少女を前に、ふと声を掛けるティキ。今し方怒られたばかりだと言うのに、少女事イヴの顔は満面の笑顔だった。
「うん。外出許可を取り消されるか、数ヶ月間禁止にされるかと思ってたし」
嬉しそうに、それでいて楽しそうに笑みを浮かべては、クルリと軽くターンを決める。
その表情が本当に嬉しそうだからか、ティキもまた、薄らとした笑みを浮かべていた。笑顔は伝染するもの。どこかでそんな事を聞いた気がするが、強ちデタラメではないらしい。
「それに、ティキとこうして一緒に外を歩けるのも嬉しいかなって」
軽い足取りで前を歩きながらも、何処と無く気恥ずかしそうに微笑むイヴ。その仕草と言葉に、ティキは一瞬キョトンとした表情を浮かべたかと思えば。
「カワイー事いってくれんじゃん」
「ぎゃああっ!?」
数秒と間を空けずして、イヴをぎゅーっと抱きしめていたのだった。余程嬉しかったのか、それとも言葉に託けただけなのか。どちらにしても、その途端イヴの口から少女らしからぬ悲鳴が零れていく。
恐らくこの悲鳴を教えたのは双子達だろう。何故もっと可愛らしい悲鳴を教えなかったんだ。と自分の事は棚に上げているティキを背に、拘束から逃れようと手足をばたつかせるイヴ。
すっかり忘れていたが、ティキも要注意人物の一人なのだ。それも自分限定の抱きつき魔。ある意味これが千年公の言っていた「お仕置き」なのでは……! と、イヴが勘違いしてしまうのも無理は無い。――勿論、千年公にそんな意図はないが。
「ちょ……! く、苦しいから離れてっ!!」
「あー可愛い可愛い」
「外で変な言葉連呼すんなっ!!」
「そーゆーイヴこそ、外なんだからもう少し静かにしたほうがいいんじゃね?」
人に見られるぜ。と耳元で囁やけば、絶叫に近かった声は途切れ、変わりに見る見る顔が紅潮していく。それでも口だけはパクパクと動いており、まるで餌を求める金魚のよう……いや、ピーチクパーチク話したり、囀るように歌う事からして小鳥の方が近いだろうか。
「なっ、何笑って……! あーもう早く離れてってば!!」
小声で叫ぶ。言葉的には矛盾しているかもしれないが、今のイヴはまさにその状況だった。
「んーあと少し。仕事の後は返り血つくかもしれないから、抱きしめられないし」
「仕事の後だってしなくていい!」
「俺はしたいのー」
「子供かあんたはっ」
「子供……子供か、そうだよなぁ。ロードや双子に抱きつかれても、悲鳴というか奇声"そんなに"あげないもんな」
イヴをぎゅーっと抱きしめながらも、口からは小さな嘆息が零れ落ちる。
少々初心というか、やや高い羞恥心を習得してしまったイヴは、抱きしめるだけで悲鳴やら奇声を上げる事が多い。それは誰に対しても同じなのだが、その後の行動は大きく二つに分かれる。