鳥檻のセレナーデ
□愛のおもさ
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その日も、イヴは書庫へと篭り、日がな一日読書をしていた。
本日の教師は『カエサルのガリア戦争に関する覚書』。ジュリアス・シーザーとしても有名なガイウス・ユリウス・カエサル著の古書である。
戦術書と言うよりかは遠征記録なのだが、イヴにとっては好奇心を擽る一冊だった。
寧ろ、今のイヴは好奇心の塊。探究心を満たす事に快感すら覚えている。
それこそ、本に書かれている事を実践しようとしたり、禁じられた禁書をコッソリ読もうとしたのも"記憶"に真新しい。……ちなみに実践しようとしたのは、"人は単身で空を飛べるかどうか"。
もしレロが見ていなかったら、今頃全身包帯グルグル巻きだったに違いない。
ともかく、イヴはそんな事もあり一日中本を読み耽っていた。
この『ガリア奮闘記』も全八巻中七巻目を一日で読んでしまい、更に最後の一巻の冒頭へと視線を向けた。――そんな時だった。突如、コンコンッと、部屋の扉が音を立てたのは。
「すっかりここが自室だな」
訪問者を告げる音が響き、続いて訪問者の声が書庫へと木霊する。
釣られるように俯いていた視線を上げると、大きめの扉の脇には一人の男の姿があった。
黒く癖の入った髪。端正な顔立ちと、光の加減により黄にも金にも見える瞳。長身とも言える体躯に、スラリと伸びた手足。
そしてノア特有の褐色の肌と、額に浮かぶ七つの聖痕。
元々開いていた扉を叩いて来訪を告げたのは、彼女の"保護者"でもある男だった。
「ティキ」
男の存在に気がつくなり、無表情だったビスクドールの顔がフワリと綻ぶ。同時に読んでいた本を放り投げるようにサイドテーブルへと置いては、トコトコとティキの元へと駆け寄っていった。
教師に対してやや無礼な行動ではあるが、幸いこの先生は怒る事もければお説教する事もなく。また、保護者へと駆け寄ったビスクドールは悪びれる様子も無く、ぴょんっと、その長身へと抱きついていた。
「おっと」
そんなイヴの行動に、思わずパチリとティキの瞳が瞬く。
何せ数日前とは違う挨拶の仕方なのだ。予想もしていなかった行動に、つい驚いてしまうのも無理はないだろう。
「随分とまぁ大胆になったもんだ」
一旦はそう告げるものの、直ぐに「前からか」と小さな言葉が零れる。
よくよく思い出してみれば、裸体で彷徨ったり、風呂を嫌がって裸のまま逃げ回っていた事もあった。中身が"子供"なので仕方ないとも思うが……体が"少女"である分、目のやり場に困ってしまうのも事実である。
そんな事をティキが思っているとは露知らず、イヴはぎゅーっと保護者の身体に抱きついていた。恐らく数日振りの来訪を喜んでいるのだろう。
その姿を眼前に入れつつ、更に行き場の無い腕を彷徨わせながら、ティキは微苦笑を浮かべていた。