鳥檻のセレナーデ
□34幕.過去を知る者
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36★魚は食っても鯉は食うな
回 SiDE:イヴ 回
パシャパシャと水飛沫が舞う。淵である石段に座りつつ、私の脚が騒ぐ事で飛び散るソレ。太陽に照らされて綺麗だなぁー、なんて思う私とは裏腹に、優雅に泳いでいた鯉達はさぞ驚いているに違いない。でもこれも君たちの為なのだ。
「コラ、魚が逃げるだろ」
「逃がしてるんだもん」
「俺が餓死してもいいわけ?」
「一食位抜いても死にません」
そんな軟な体じゃないくせに。って言ったら、何故か「えっち」と頬を赤らめて言われた。どうしよう、ぶん殴りたい。
「それより、探しに行かなくていいの?」
「いーの、いーの。腹が減ったら道草はできぬって言うだろ」
「戦ね」
寧ろ道草は今現在の事だから。まさにこんな庭園にいる事が道草だから。……なんて事を思いつつ、呆れたと言わんばかりの溜息が零れていく。
今は確かに道草の真っ最中だけど、先程までは い ち お う 仕事をしていたのです。今回のターゲットは相当素早しっこいらしく、行く先行く先で物気の空。
この数日で江戸全域を回ったんじゃないかって位歩いた気がする。最早任務と言うより、"江戸散策ツアー"になっている気がしてならない。
ともなればティキが飽きてしまうのも当然で、この庭園を発見したかと思えば「ちょっと腹ごしらえ」と言う現実逃避へ。挙句に"自棄食い"と言う名の"踊り食い"となり……そして現在に至る。
しかも食べているのは庭園の生け簀の鯉。優雅に泳いでいる鯉を捕まえる時の手際の良さは、まさに川で鮭を捕食する熊のようでした。ティキって絶対自然児だよね。山でも普通に生活できるよ。
「ん、なに? やっぱ食う?」
「や、イイデス……」
なんて事を思っていると、視線に気が付いたティキの瞳が向けられる。わー、口に入りきらなかった尻尾が物凄い速さで動いてる。色んな意味でシュールだ。残念なイケメンがここにいる。
…………でも、人が食べてるのを見ると妙に食べたくなるのは何故だろう。とても美味しそうには見えないんだけど、そう言う物程美味しいっていうし……。
それに先日食べたお魚、刺身だっけ? アレも何だかんだで美味しかったし。もしかしてコレも一般的に知られてないだけで、本当は凄く美味しいとか……。……ゴクリ。
「イヴ、よだれよだれ」
「はっ」
イケナイいけない。幾ら美味しそうだとは言え、生きている魚を食べるなんて。
そんな可哀想な事しちゃだめだよね、うん。……………でも、ちょっとダケなら。死んでる奴だったら、良い……カナ?
「ほら」
「……へ?」
そんな事を思いつつジーッと足元の生け簀を見つめていると、ふと隣からティキの手が差し出された。その手に掴んでいるのは、私の掌サイズの小さめの鯉。稚魚……は、こんな所に居る筈ないか。
「腹減ってんだろ」
「えっ、何で分ったの?」
「そりゃ愛の力v ……って、言いたい所だけど、そんな物欲しそうな目してたら誰でも分るっての」
そんな物欲しそうな瞳してたのか、私!? ……というか、何かティキの方が嬉しそうなんですけど。何だか自慢する子供のように、嬉々とした笑顔浮かべてません?
あ、もしかして以前言ってたアレですか、美味しいもの分け与えられて喜んでいる的な。
「とりあえず騙されたと思って食ってみろよ。刺身だっけ? アレより歯ごたえあって美味いぜ」
「そりゃ骨があるんだから当然だと思うけど」
「ツベコベ言ワナイ。ほら、あーん」
そう告げるが早いか、鯉を私の顔の上まで持って来るティキ。
まだ食べるなんて一言も言っていないのに、こういう時は本当に強引だと思う。……かと言って食べないと不貞腐れそうだしなぁ。
し、仕方ない、女は度胸だ……! 決してお腹が空いているとか、美味しそうとか思ったわけではなく、あくまでティキの機嫌を損ねない為に食べるのデス。うん、これは言わばティキの為!
そう、意を決したかのように口を開いた。――まさに、その時。
「オイオイ〜、カッコイイ"ナリ"したお兄さんが…………って」
『ん?』
突如響き渡ったのは、私でもティキでもない第三者の声。それによりティキは鯉を吊るしたまま、私は上を向いて口をあけたまま視線を向ける。
「ちょっとマテェェエッ!!」
「ヒーッ!?」
すると其処にいたのは、私達と同じように江戸に来ていたジャスデビの二人だった。
どうしてココに居るって分ったんだろう? なんて思う私を他所に、突然大声を上げて駆け寄ってくる二人。……と言うより、デビットはティキを蹴りとばし、ジャスデロは何故か私へとタックルしてきた。
幸い池に落ちる事はなかったけれど、ちょっと痛い。