鳥檻のセレナーデ
□34幕.過去を知る者
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未 知 な る 能 力_
怯んでいる隙にと腕の中から抜け出しては、一人すたすたと前へと歩いていく。
――あれ、というか何所に行くんだっけ?
そう言えば目的地を聞いてなかったなと、背後のティキへと振り返った。……その時。
「ん?」
突然――それこそ何の前触れもなく、ストンと、私の足から力が抜けてしまった。
「イヴ? 何座り込んでんの?」
「いや、私も分かんない……?」
突如地面へと座り込んでしまった私に気が付いては、ティキから驚いた声が聞こえてくる。もっとも、私の方が驚いていたかもしれないけど。
「た、立てない……」
地面へと両手をつけ、それを支えに立ち上がろうと力を入れる。……ものの、何故か足に力を入れる事ができなかった。いや、力が入らないだけでなく、動かす事すらできない。
まるで自分のモノではなくなってしまったかのような脚に、小さく首を傾げる。
急にどうして……。そう、言葉を告げようとした。――所で。
―― イヴ ――
不意に、小さな声が聞こえたような気がした。
初めて聞いた筈の声。でも、何所か懐かしいような、以前聞いた事があるような少女の声。
「…………リ、ナ……?」
その声が聞こえた途端、小さく私の口が動く。先程告げようとしていた言葉ではなく、また別の単語。意識した訳ではなく、自然にこみ上げてきた名前。
「ん? 何?」
「……なんでも、ない」
けれど、その単語を終わりまで告げる事はなかった。背後に居たティキの声が聞こえた事で。直ぐ近くから聞こえた彼の声に、咄嗟に自分の口を塞いでしまったから。
何故口を塞いだのか。何故ティキに聞かれてはいけないと思ったのか。まして何を言おうとしていたのかも、今となっては分らない。
ただ、ゾクリと背筋が震えた。
悪寒とも寒気とも言える感触。
それは、無意識に零れたかけた言葉に対してだったのかもしれない。或いは、別の何かに対しての恐怖だったのかも。
どちらにしてもこのまま座っている訳にもいかず、感情を押し殺しては背後のティキへと声を掛ける。
「……ティキ、手、貸して」
「いいけど、なんだったら抱っこして……」
―バキッ
「お手をどうぞ、お嬢様」
否定の言葉よりも先に手を上げれば、痛みを堪えたティキの手が差し出さた。
少々強引な気もするけど、今の私には言葉でツッコミを入れる余裕もなければ、抱き上げられた事で暴れる余裕すらない。
「ありがと」
差し出された手を支えに、再び脚を立たせる。
些か覚束ない足取りではあったけれど、何とか立ち上がる事はできた。ティキの手に支えられながらだけど歩く事もできたし、どうやら一時的なものだったらしい。
「大丈夫か? なんだったら千年公の所……」
「大丈夫、全然」
徐々に回復しつつある脚に、小さな安堵の溜息が落ちる。それに気が付いたのか、ティキから心配気な声が聞こえた。……けれど、その言葉もまた、最後まで言う事はできなかった。
「大丈夫……」
繋いでいる手に微かに力を込め、再度同じ言葉を告げる。その言葉は、もしかしたら私自身へ言い聞かせていたのかもしれない。
何も思い出していない。
記憶は戻っていない。
私の手は、まだ届いている。
私の居場所は、まだここにある。
……そう、自分に言い聞かせていた気がする。繋いでいない片手の震えを抑える為に。
「あんま無茶すんなよ」
数秒の沈黙の後、ティキから声が零れる。微かな溜息交じりの声。でもとても優しい声。
それと同時に、繋がっている手へと力が込められた。まるで傍に居ると言っているかのように。自分はここに居ると、安心させようとさせているかのように。
「……うん、ありがと」
時々、ティキの手が凄く大きく感じる。隣に居てくれる身体は凄く暖かくて、とてもや優しくて。
なのに……なんでかな。
少しだけ涙が込み上げてきて。
凄く安心できる筈なのに……少しだけ、不安になるんだ。