鳥檻のセレナーデ

□34幕.過去を知る者
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サ  イ  カ  イ_

「ったく、今日は客が多いな!」



青年が動くよりも先に、ティキの声が響く。同時にリナリーを拘束したまま、青年に向かってティーズを纏った腕を振り下ろす。――が、既にソコに青年の姿はなかった。
ティキの腕が伸びる前に身体を屈め、更にその体制で抜き身だった刀を闇夜に一閃させる。
だが勿論、ティキとて易々と当たる気はない。咄嗟に煌いた切っ先を避ける、ものの、反撃にでる事はできなかった。


――こいつ、めっさ早っ!


いや、反撃を繰り出す事ができなかった、と言うべきだろう。
一振りを避けたかと思えば、流れるように次々と闇夜を刀身が振り回されていく。しかも、ただ闇雲に振り回している訳ではない。切っ先はティキの顔へと正確に狙いをつけ、また手薄になってしまう場所を的確に突いて来ている。
洞察力と瞬発力、そして繰り出す一撃。どれをとっても他のエクソシストとは段違いだった。



「セコイ手だけど、悪いね」



だとすると、気絶した少女を抱えながら戦うのは厳しい。まして少女はティキにとっての敵であり、青年にとっての仲間。ともなれば思いつく方法は一つ。我ながらセコイとは思うが、青年に向かって少女の身体を突き飛ばした。

途端、刀を振り回していた青年の動きが止まる。幾ら短気で冷血とまで言われる青年であっても、この状況で気絶している仲間を見捨てる訳にはいかない。
しかし、咄嗟に受け止めた事で一瞬だけ生まれる隙。――それをティキは狙っていたのだ。手に貼り付けたティーズで、身動きのできない青年へと攻撃を繰りださせる。

策にはまった事に気がついた時には、既に青年の目の前まで攻撃が迫っていた。避けるにしても今からでは間に合わない。気絶している少女を庇うように体制を変え、直ぐに襲いくるだろう衝撃と痛みに顔を伏せる。
だが、不思議な事に何時までたってもソレが襲ってくる事はなかった。



「よっ大将。こんな修羅場で奇遇さね!」



訝しげに瞼を開けば、前方にイノセンスを構えたラビの姿があった。恐らく衝突する直前、彼が攻撃を防いでくれたのだろう。



「チッ」



敵に思わぬ助っ人が入った事で、ティキから小さな舌打ちが零れる。折角思惑通りに事が運んだというのに、期待はずれの結果だ。
このまま二人同時に戦えなくもない……が、一度体制を立て直した方がいいだろう。

その為にもと、チラリとイヴへと視線を向ける。千年公という安全圏に連れて行きたい所だが、その考えを見通したかのように二人のエクソシストがイヴの前へと降り立っていた。


――強行突破……いや、イヴ自身に来て貰うか。


自ら取り返しに行く事もできるが、それよりもイヴ自身から来て貰った方が面白いだろう。きっと先程同様に驚き、絶望し、怒り狂うに違いない。
込み上げて来る期待に薄らと口許を緩ませていたティキ。――だが。



《ティキぽん。一度引いて下さイv》

「は?」



突然長の声が聞こえてきたかと思えば、何時の間にか銀色のティーズ――ファファラが隣に浮いていた。



《目障りになってきたので、一掃しまスv》

「ワォ、一掃っスカ。ならイヴを回収に」

《イヴならそこにいても大丈夫ですヨ。手を出す前にネズミ達を消しちゃいますんデv》

「へ? でもここにいたらイヴも巻き込まれるんじゃ」

《強い子ですから大丈夫でスv》



その言葉を最後に、唐突に切れる通信。更に役目を終えたファファラは、フワフワと主であるイヴの元へと舞っていってしまった。



「よくわかんねぇけど……仕方ないか」



長が大丈夫と言うなら大丈夫だろう。……多分、恐らく、きっと。……いや、やっぱり連れて――。



「げっ」



こよう。そうイヴへと視線を向けるも、その奥の江戸城。さらにはその前に浮いている千年公に気がつき、思わず声が零れる。
彼の手へと徐々に集まっていく収縮された力。どうやら巻き込む気満々らしい。早く避難しなければ、エクソシスト達と共に塵になってしまいそうだ。



「無茶苦茶だぜ、千年公……」



そう一言嘆息交じりの言葉を呟き、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしていった。




†††




ティキが空中へと避難していく一方。イヴはエクソシストの一人、ラビと同じようにアクマを見上げていた。

レベル3のアクマが集結し、巨大な一体となった歪なアクマ。巨体通りの攻撃力は勿論、硬度も伊達ではなかった。――のだが、それでも黒髪の青年の前では意味を為さなかったらしい。まるで野菜のように一刀両断され、声を上げる間もなく破壊されていた。



「すご……」



その光景に思わず、イヴからも一驚の声が零れる。あの巨体を一瞬で切り伏せてしまったのだから、例え敵であろうとも感心してしまう。
そんなイヴの声が聞こえ、隣に立っていたラビの視線が動きを見せる。



「本当に、イヴ――なのか……?」



尋ねた声は微かに震えていた。不安と期待、恐れと希望。相反する想いが、ひしひしと伝わってくるのが分る。恐らくイヴを見つめる隻眼は、先程のように動揺を纏っているのだろう。



「……」



だが、イヴは口を開かなかった。記憶を持ち始めてからと言うもの、長に何度も「エクソシストとは話をしてはいけませンv」と言われているのだ。
確かにエクソシストと知らずに会話をしてしまった事は何度かあったが、"敵"と知った上で口を開いた事は一度もない。
だから今度も返答する気はなかった。――無かった、のだが。



「テメェ、散々迷惑かけといて何だその態度は!」

「あだっ!?」



不意を付かれて頭を殴られたとすれば、流石に呻き声の一つでも出てしまう。まして"ゲンコツ"を食らわせたのが、何時の間にか背後に立っていた長髪の青年だとすれば尚の事。



「今まで何してたのか、洗いざらい話して貰うからな。この子供顔子供体系のドチビがっ」

「あだだだだっ!?」

「ユ、ユウ。落ち着けって〜」



端正な顔立ちには似合わぬ程の悪態と嫌味。それでいて、両サイドのこめかみへと握り締めた手が当てられたかと思えば、グリグリと抉るように容赦なく動く手。ある意味、コレも"げんこつ"と言うらしい。そしてお手軽簡単な拷問である。

先程までの緊張していた雰囲気は何処に行ったのやら、何だか懐かしい光景に思わずラビが苦笑を浮かべていた。――まさに、その時だった。

ドクンと、鼓動が一際大きく脈打つ。全身の気が逆立つような、背筋が凍りつくような感覚。それは隣にいる青年と、イヴも同じであるらしく。



「 チ ョ コ ザ イ ナv 」



それは恐怖だった。強大すぎる力を感じた事で、身体が竦むほどの恐怖。
だが、それを悟った時には既に手遅れだった。

力の主である伯爵の声が聞こえた瞬刻。大地と大気を揺るがす程の轟音と共に、江戸を黒い闇が覆った。


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