鳥檻のセレナーデ

□34幕.過去を知る者
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サ  イ  カ  イ_





ティキとラビ、巨大アクマとエクソシスト二人が戦っている最中。



「……っ!」



投げ飛ばされたイヴは一人頭を抱えていた。外傷からではなく、内から湧き出るような痛み。頭の内を強打されているような痛みに、悶絶しかけてさえいた。

近くでは家族達が戦っている。なのに自分だけがこんな所で蹲っていては駄目だ。そう必死に意識を保ちさせ、緩々と座り込んでいた脚を立たせる。



「――イヴッ!」

「!」



名前を呼ばれたのは、丁度立ち上がった直後だった。
予想以上に近くから聞こえてきた声に、小さくイヴの肩が震える。
ましてその声はティキでも家族でもなく、敵の少女のもの。悲痛な声でイヴの名を呼ぶリナリーのものだった。



「お願い……っ、話を聞いて!」



視線だけを声の方へと向けると、足を引きずるようにして駆け寄ってくるリナリーの姿が見えた。少女と言えどもエクソシスト。家族の敵だと分っている筈なのに、何故か痛みを感じた。

その痛みが何処からの物なのかは分らない。
内から殴打されている頭なのか、それとも別の場所……鼓動付近なのか。



「……ッ」



何処からとも無く襲ってくる痛み。それに絶えかねたように、少女の姿を見たくないかのように、イヴの身体が反転する。

傷だらけのエクソシストの少女。恐らく自分と同じくらいなのかもしれない。だというのに自分よりも傷だらけな身体。不揃いに切られたような髪。痛々しい包帯を巻き、引きずるようにして歩く足。

その姿を見ていると、酷く自分が情けなかった。戦う事もなく、傷を負う事すらない自分。皆を守りたいと言う癖に、結局は守られてるだけの自分。ただのお飾りでしかない自分。
やるせなかった。情けなかった。なにより、何故か少女に合わせる顔が無かった。

だからこそ、身体を反転させては逃げるようにその場を離れようと脚を動かした。



「イヴッ、行かないでェっ!!」

「いやぁあっ! 死なないでぇッ、イヴ!」



そんなイヴに気が付き、リナリーの叫び声が空気を振るわせる。
引き止めるような、泣きじゃくるような声。その声に一瞬、イヴの脳裏へと見た事のない光景が横切っていく。

そこは聖堂――広い大聖堂だった。
複数のステンドグラスと、無数のマリア像。広い空間一杯に敷き詰められたのは、長方形の箱。数十、数百とも言える程の人の箱。その全てに"中身"が入っている入れ物。動きを止めた仲間が入っている、棺。――そう、それは棺だった。白いコートと、黒いコートの"仲間"が入った、無機質で、悲しい黄泉へ行く舟。



「――!」

「イヴ!」



朧気で、一瞬だけの光景。それでもハッキリと見え、脳裏に焼きついてしまったソレに、イヴの足から力が抜ける。
思い出すという恐怖からなのか、それとも忘れていたという事実になのか、自分の気持ちであるものの、今のイヴには理解する事はできなかった。



「どうし――」



突然座り込んでしまったイヴへと、慌てて近寄るリナリー。脚を引きずりながらも、イヴの直前まで来た。――その時、突如リナリーの足元が崩落した。
元々廃屋であり、老朽化していたのだろう。リナリー一人を軽く飲み込める程の大きな穴が開き、またリナリーの身体が大きく傾く。



「リ、ナ……ッ!」



その光景を目撃し、咄嗟に名前を呼んでいたのは――誰でもないイヴだった。
咄嗟に動く体。無意識に伸びていく手。思考が動く前に少女の名前を呼び、意識するよりも少女の腕を掴んでいた。



「……イヴッ!」



眼下から聞こえるリナリーの声に、イヴの顔が顰められる。
片腕一本から伝わってくる重みに対してではなく、自分の行動に対して。無意識に敵を助け、そして引き上げている自分に対して顔を顰めていた。


――何やってるんだろ、私。


少女と言えども、人を一人引き上げるのはそれなりに体力が居る。まして相手はエクソシストであり、自分達の敵なのだ。――だと言うのに何故、自分は彼女を助けてしまったのか。何故、見捨てるという事をしなかったのか。

これでは、家族達に顔向けできない。
そう、リナリーを引き上げた後で唇を強く噛み締めていた。……その時。ドンッという衝撃と共に、暖かい"何か"がすがり付いていた。


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