鳥檻のセレナーデ

□34幕.過去を知る者
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39★

器を構えたまま睨みつける青年と、片腕に少女を抱き上げたまま笑みを浮かべる男。
短いような長いような会話の後、最初に動きを見せたのは男――ティキの方だった。



「ほら、挨拶しとけ。イヴ」



動揺を隠せずにうろたえる青年。その姿に嘲笑を浮かべ、少女の顔を覆っている黒いフードへと手を触れる。ティキの行動を悟ったのか、少女から小さな反応が零れた。といって抵抗する訳ではなく、「いいの?」と言うかのような視線を向ける。
その視線に対してもティキは笑みを浮かべ、返答の替わりにパサリとフードを落とした。

頭からフードが外され、白い月の下へと露になる顔。その顔は――ラビと背後の少女、リナリーにとって見知ったものだった。

黒いコートとは真逆の白銀の髪。成長途中の幼い顔立ち。真っ直ぐに前を見据える赤瞳。大人へと成長途中にある、何処か幼さを残した少女。



「イヴ…………?」



数秒の沈黙。息を詰まらせている青年を前に、背後の少女からポツリと言葉が零れた。敵の腕の中にいる少女の名が。ずっと探していた家族の名前を。



「イヴ………イヴッ!!」

「リナリー!」



叫ぶように名前を呼び、覚束ない足で駆け寄ろうとするリナリー。そんな彼女を咄嗟に止めたのは、直前で我に返ったラビだった。泣きじゃくる彼女の腕を掴み、暴れる身体を必死に押さえつける。

本当はラビとて名を呼び、少女へと駆け寄りたかった。目の前にいるのは本当に彼女なのか。間違いなく生きているのか確かめたかった。――だが。



「テメェ……ッ!」



リナリーを強引に背後へと押しやっては、一段と殺気だった怒鳴り声を上げる。



「一体何のつもりだッ!!」

「何って、死ぬ前に一目見せてあげようと思っただけだけど?」



ラビの怒声にもビクともせず、ティキは愉しげに笑っていた。予想通りの反応をし、予測通りの行動をするエクソシスト達。滑稽だ、笑わずにはいられない。
そう喉を鳴らして笑う男を前に、ラビは今にでも我を忘れて殴り掛かってしまいそうだった。

なんて卑劣なのだろう。
この男は、自分達が彼女を探していている事を知った上で利用しているのだ。ノアは、自分達がどれ程彼女を大切にしていたのかを把握した上で逆手に取ろうとしているのだ。

いっそ何も考えずに襲い掛かれた良かったのかもしれない。怒りに身を任せ、思う存分に槌を振れていたら。――だが。



「……貴方達、誰?」

「!」



そんな青年の行動を止めたのは、男の腕に抱えられている少女事イヴだった。



「私の事知ってるの?」

「イヴ! 私、リナリーよ!!」



警戒を露にするイヴに対して、リナリーから悲痛な声が上がる。記憶が無い事は聞いていたものの、それでもやはり目の当たりにすると辛いのだろう。ましてイヴが居るのはノアの手元。
もしラビが居なければ、直ぐにでも駆け寄って引き剥がそうとしていたかもしれない。――それこそ、イヴの皮を被ったアクマだったとしても。



「――リナリー……?」



そんなリナリーの想いが通じたのか、イヴは小さく顔を顰めていた。

その名前は聞いた事がある。確か、中国でアレンと会った時に聞いたのだろうか? いや、それよりももっと前に……。



「――っ、頭、いた……っ!」

「イヴッ!」



不意に頭へと痛みが走り、ティキの腕の中で頭を抱えるイヴ。その光景を前に、ラビもまた頭を抱えたくなっていた。
苦しんでいるイヴの動作には人間味があり、とてもアクマや偽者とは思えない。だが、アクマで無いとしたら彼女は本物なのだろうか。

確かに以前、列車の中で"生きている"彼女を見かけた事はある。記憶こそ無くしていたが間違いなく彼女だった。……だとすると、あの時の彼女と、目の前にいる彼女は同一人物と言う事になる。どうして江戸に……いや、ノア達と共にいるのだろう。



「分か、らない……私は、何? 私は――っ」

「イヴ」



頭を抱え、苦痛に顔を歪めるイヴ。そんな彼女へと声を掛けたのは、抱き上げているティキだった。
俯きかけていた顔を上げさせては、落ち着かせるように再び額へと軽く口付ける。



「過去は過去だろ。今お前が一緒にいるのはどっちだ?」

「……ノア」

「じゃあお前が一緒にいたいと思うのは?」

「…………ノ、ア」

『――!?』



イヴから零れ落ちたような言葉に、ラビとリナリーは同時に息を呑んでいた。驚愕で瞳を見開き、その直後、憎悪へと色を染める。



「それで十分だろ。なぁ……元お仲間さん達?」



視線をイヴからエクソシスト二人へと向け、挑発するが如く嘲笑うティキ。その表情を見た途端、ラビの中で何かが切れる音が聞こえた。



「テメェエッ!!」

「イヴ、離れてな!」

「わわわっ!?」



手に持っていた槌を握り直し、勢いよく地面を蹴り上げるラビ。若草色の隻眼は完全に怒りに染まり、自らの怪我さえ忘れて突進していく。それはまさに、ティキの狙い通りの結果だった。瞬時にティーズを片腕に貼り付けては、イヴを離れた民家へと放り投げる。
恐らく"戦場"から少しでも離そうとしたのだろう。或いは、エクソシスト達と接触しないように遠ざけたのかもしれない。
どちらにしても放り投げた直後、大きな衝突音が轟いたのだった。



「イヴに……イヴに何をしたッ!!」

「そう怒んなよ、眼帯くん。傷口に障るぜ?」

「っざけんなァッ!!」



怒声とも叫び声とも取れる声をあげ、勢いよく槌を振り翳す。遠心力を付加させた事で、一気に増加する威力。――しかし、それも当たらなければ効果はでない。
空しく空気を切る音が響いたかと思えば、すかさずティキの反撃が繰り出される。長身に似合わずティキの動きは速い。腹部へ伸びてきた膝は槌で防いだものの、間を置かずして顔面へと伸びてきた腕までは防ぐ事ができなかった。
幸い咄嗟に仰け反った事で回避する事はできたが、攻撃に移る事なく大きく後ろへと後退する。



「チッ……」



屋根上へと足を付け直しては、苛立だしいと言わんばかりの声を零すラビ。
後一歩でも遅れていたら、今頃地面に這いつくばっていただろう。
しかし、だからと言って攻撃を見切れたという自信はなく、寧ろ次の攻撃を避けるかどうかの不安の方が大きかった。


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