鳥檻のセレナーデ

□34幕.過去を知る者
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38★Exorcist
■ □ ■



始の狼煙をあげたのは、満面の笑みを浮かべている男だった。



「総攻撃です、アクマたチvv 日本全軍で元帥達を打ち破れェ!!v」



長である男の声に、江戸城に集結していたアクマ達が一斉に動き始める。その数はお疎よ数百。いや、数千はいるかもしれない。
一匹なら美しいと思えるが蝶とて、数百と密集すればおぞましい光景へと変貌する。それがアクマだと言うのだから、最早凄惨な光景でしかなかった。

そんなおびただしい光景が一斉に闇夜へと散布していく。日本の何所かに潜んでいる敵を殺す為に。たった二人の元帥抹殺するだけに、呻き声にも似た雄叫びをあげて大移動を始めた。――その、刹那。空に近い江戸城に、地響きと轟音が木霊した。



「!?」

「なに!?」



突然の轟音に驚いたのは、伯爵を含むノア達だった。自分達は勿論、移動しているアクマ達が鳴らした分けでもない轟音。……なら一体誰が?
そう彼等が警戒を露したのと、一軒の民家から火柱が巻き上がったのは同時だった。

突如民家の一つから舞い上がり、力強く闇夜を照らす炎。アクマよりも煌々と光を発しているソレは、まるで意思を持っているかのように円を描き、やがて"蛇"へと変貌した。
――火竜。そんな言葉が、ノアの一人である少女の脳裏へと過ぎっていく。夜を押し退ける竜は至極美しく、思わず見惚れてさえしてしまう。



「やべっ」

「わっ!?」



だが、突如現れた竜は味方ではなかった。炎で出来た牙を向き、江戸城天辺にいるノア達へと襲い掛かる獣。その殺気をいち早く感じとったのは、少女の隣で紫煙をくゆらせていた男だった。

咄嗟に自分の上着を纏っている少女を抱き上げ、屋根瓦を強く蹴飛ばす。続いて仲間達も次々と闇夜へと飛び上がっていく。――ものの、一人だけ微動だにもしない男の姿があった。



「せ、千年公が食べられたーーー!?」



口を開いたまま、江戸城上空を通過する火竜。その際屋根瓦やシャチホコだけでなく、長までも"食べられて"しまった事に、少女が驚愕の声を荒げる。――もっとも、驚いたのは少女事イヴだけであり、他の家族達はただ一言「あ」という軽い感想を述べていた。



「アホなv」



それに対して言葉を零したのは、意外にも"火竜"だった。
「喋った!」と再び驚くイヴだが、その驚きは更に継続する事となる。突如、闇夜を俳諧していた火竜の身体が爆発したのだ。内部から巨大な力を押し付けられ、破裂したかのように粉々になっていく火竜。
その中から余裕綽綽と現れたのは、飲み込まれた長その人だった。



「元帥――の攻撃ではないですネv この程度ハッv」



手に持っていた傘のレロを開き、空中へと浮かびあがる巨体。長である男の無事を確認した事で、ティキやジャスデビ達もアクマの上へと無事に着地を決める。



「出てきなさイ……ネズミ共」



爆発による粉塵と竜の"残骸"が降り注ぐ中、月光を反射させているモノクルが一点を見つめる。火柱の上がった方向。自分達以外の"ネズミ"が居る場所へと。
その直後、緩く風が吹き荒れた。立ち込める煙幕を吹き飛ばすように。役者の顔を露にするが如く。
やがて姿を現したのは――。



「元帥の元へは行かせんぞ、伯爵!!」

「キャーv 勝ち目があると思ってるんですカー?v」



恨みや憎しみ、そして不安や恐怖を交えた表情の集団――エクソシスト。
そんな彼等を前に伯爵の――ノア達の表情が変わる。"獲物"を見つけた獣のように。



「こんなのやっぱり負け戦だっちょよぅ……」



対峙する二つの勢力。その最中に弱気な声を上げたのは、エクソシスト側にいる一人の少女だった。

数で言えばエクソシスト達の方が勝ってはいるものの、戦力があるのはその内の五人。ましてその全員が疲労しきっている。
だと言うのにノア達の能力はいまだ未知数。千年伯爵に至っては、この場にいる全員を軽く超えているだろう。先程一瞬で破壊された火の蛇が証明している。

ともなれば、この場に居る全員が少女と同じ事を思っていたに違いない。少女と同じように、本当は恐怖で竦みそうになっていたのかもしれない。
だが、それでも――。



「ゴタゴタうるさい奴だ。負けるかどうかやってみないと分からん」

「そうそう。もしかしたらすっげボロ勝ちしちゃうかも――」



それでも、必死に自分達を奮いあがらせる。武器がある者は武器を、身体こそが武器である者はその身体に力を入れ。



「しれねぇーだろがっ!!」



死闘の開幕を告げるべく、勢いよく地面を蹴りあげた。


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