鳥檻のセレナーデ

□34幕.過去を知る者
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戦 い の 開 け_





ブー……ンと、無機質な機械音が月下の町へと木霊する。方舟内から江戸で一番高い場所……江戸城天辺へと移動した事で、眼下には江戸の町が静かに広がっていた。

方舟の中もそうだったけれど、この町もまた何か違和感を感じる。まるで本来あるものが無いような、何かが物足りない。何だろう?



「全ク、元帥を二人を入れちゃうなんて仕方のない子達ですネv しかもイヴにまで風邪をひかせるなんテv」

『す、すんません……』



小首を傾けている私を隣に、城の中でも特に高い場所……シャチホコの尾の上に立ち、皆へと言葉と笑顔を向けている千年公。
勿論笑顔は笑顔でも、"怒っている時の恐ろしい笑顔"の方。あまりの気迫にジャスデビだけでなく、ティキやスキンまで縮こませてしまっているのだから、流石お母さ……もとい千年公だ。



「さて玩具達v 我輩の声が聞こえますカ?」



そんな私達の心境を知ってか知らずか、クルリと千年公の体が翻る。同時に遮る物がない広大な夜空へと声をかけると、まるで呼応するかのように空が光だした。

徐々に視界の隅から光だす夜空。それは江戸城をグルリと一周していて、幻想的と言えば幻想的かもしれない。……けれど、その光は全てアクマなのだ。
数十、数百以上いる日本中のアクマが目の前に集結している。そう思うと感動なんて一瞬で消え去り、替わりに込み上げて来るのは当然恐怖だった。



「イヴ、寒いのか?」

「ううん、大丈夫」



眩しい程に輝くアクマ達を前に、隣から聞こえてきた声へと視線を向ける。私の隣、江戸城の屋根瓦に座っているのは、ロングコートを脱いだティキ。

別に暑い訳ではない。空高くにいるのだし、時期が時期だけにどちらかと言えば寒い方だろう。
それでも上着を脱いだのは、クシャミばかりする私に着せる為。風邪を引かないようにと、彼のコートを着せてくれた。
ソレに対してもう一度お礼を告げようと口を開く。――ものの。



「……」

「……ティキ?」



結局お礼を告げる事はできなかった。今お礼を告げた所で、多分彼の耳には入らないと思ったから。

煙草を咥えたまま、何だかぼーっとしているティキ。瞳こそ私へと向けられているけれど、私を通して別の何かを見ているようにも見える。所謂心ここにあらず……って感じだ。
もう一度ティキの名を呼びつつ、お化けのような手を左右に振ってみる。もっとも、お化けの真っ白な服とは反対に真っ黒だけど。

……そういえば、今まで黒いコートって着た事なかった気がする。ドレスとか普段着ならし大体黒いけど、コート事態滅多に着ないというか、着せてもらえないというか。……でも何でだろ?



「ティキぽんv」

「……その呼び方止めて欲しいんスけど」



そんな事を思って居ると、不意に背後から千年公の声が聞こてきた。その言葉に対して、数秒後の間の後で飽きれた溜息を落とすティキ。
ティキぽん。相変わらず似合わないというか、笑ってしまう呼び名だ。



「イノセンスをなめちゃいけませんヨ。あいつは我輩達を倒す為ならなんでもする」



気づかれないように笑いを堪える私を他所に、千年公の体が再び振り返る。同時に一瞬、私へと視線が向けられたような気がした。……う、笑ってたのバレタかな。



「悪魔だという事は、貴方も知っているでしょウ?v」

「……――じゃ、そこの奴」



でも視線が合ったのは本当に一瞬で、直ぐに隣のティキへと動いていた。やっぱり数秒程間が開いたものの、やがてスッとティキの腕が動く。



「今すぐ"箱"で中国飛んで」



指を差したのは闇夜に浮かぶ一体のアクマだった。ティキの言葉と共にフワリとティーズが舞い、静かにアクマの元へと羽ばたいていく。
まるで先導するかのように闇夜へと消えていくティーズに、アクマもまた一言呟いては闇の中へと消えていった。



「それでは、新たな船出の前夜祭といきまショウv」



でも、何で中国に? ――そう、悩む私を他所に、千年公の声が闇の中へと響く。その声はまるで心を弾ませている子供のようで。



「行きなさい、アクマたチvv 全軍で元帥達を討テェ!!」



ついに千年公の咆哮とも取れる声によって、戦いの幕が上がった――。


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