鳥檻のセレナーデ

□34幕.過去を知る者
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37★いの
回 SiDE;イヴ 回



――アの方舟。
遥か昔。この世には最初の人類であるアダムとエヴァの子孫、そしてネフィリムという巨人がいた。

酒に女に遊び。彼等は己の欲に取り付かれ、堕落した日々を送っていた。世界は日に日に穢れ、そして衰弱していく。それをみた神は、これを良しとしなかった。衰退していく世界を憂い、堕落した生き物に憤怒したのだ。

そしてある日、一人の敬虔なる神の僕である男の夢へと姿を現した。
――男の名はノア。他の者達と違い、清く正しい人間。神は、その男の中の夢でこう申された。



『これから40日40夜を持ち地上を浄化させる。お前は箱舟を造り、お前の家族達と全ての動物の雌雄つがいを一種類ずつ乗せるのだ』



夢という名のお告げを聞いたノアは、大急ぎで船を作り始めた。同時に、清き心の男は皆にも洪水がくる事を告げ、同じように船を造るよう進めた。だが、堕落した人類は誰一人として、その話に耳を傾けたりはしなかった。

――そしてついに、神の怒りが地上全てへと下される。

ノアはまず、家族を船に入れた。次にの動物達を。そして最後に自分が船へと乗り込んだ。

夢のお告げ通り、洪水は40日40夜続いた。水は150日間、その猛威を振るった。
世界は浄化の水によって、"無"へと帰されたのだ。


その後、ノア達を乗せた方舟はアララト山へ漂流する。水が引いた事を鳥達によって知ったノアは、家族と動物達と共に船を下りた。
地へと降り立ったノアが最初に行ったのは、祭壇を築き、神に祈りを捧げる事だった。神はこれに対してノアとその家族達を祝福し、そしてノア達は"第二のアダムとエヴァ"として、この世の祖先となったという。


――それが、私が本で知ったノアの方舟。千年公如く"表向き"の伝説。








「オイ、バカイヴ。早くこねぇと置いてくぞ」

「ヒヒッ? どうしたの?」



暗い天井を見上げつつ本の一説を思い出していると、不意に前方から名前を呼ばれた。

"ノアの一族"と呼ばれる彼等。真に神に選ばれた系譜と名乗る者達。
彼等の言う"ノア"とは一体何なのか、何を指しているのか、私は知らない。――知る必要もないのかもしれない。



「まって」



小さな声を掛けては、立ち止まってくれている四人の元へと駆け寄っていく。

彼等は全員ノアだ。そしてまた、私の家族でもある。血の繋がりこそないけれど、彼等は私を大切にしてくれて、私もまた彼等が誰よりも大切。今の私にはそれだけで十分だった。そして、これからも。……でも。



「懐かしいね」



止まっていた脚が歩き出した直後、そう告げたのは隣を歩くティキだった。

彼は、この場所が懐かしいと言う。数える程しか訪れた事のないこの場所を、生まれ育った訳でもないこの異質な空間を。
そして皆もそれに同調している。何故か懐かしさを感じる場所だと。


――私、だけなのかな。


歴史という肖像画が飾られている廊下を歩きつつ、静かに視線を自分の足元へと落とす。
皆はこの場所が懐かしいという。でも、私の心中は反対の感情だった。


――ココは、嫌いだ。


言葉では上手く言い表せないけれど、懐かしいと言う気持ちよりも不安を感じる。全く懐かしさが無い訳でもないのだけど、それ以上に気持ちがざわついている。

ココはキライ。外にでたい。……なんて、考古学者から見たら罰当たりも良い所だな。
だって、ここは……。



「イヴ」

「!」



不意に真横から名前を呼ばれ、弾かれるようにして顔を上げる。少しだけ俯かせていた筈の顔は、何時の間にか深く下へと向いていたらしい。



「どうした? ぼーっとしてるけど、熱でもあんの?」

「ううん、大丈夫」

「無理はよくないぞ」



そう尋ねて来たのは真横を歩いているティキで、覗き込まれた顔に緩い笑みを浮かべる。ソレを横へと振れば、今度は反対隣を歩くスキンの声が聞こえてきた。
二人の顔には微かな心配の色が浮かんでいる。恐らく、今の私の言葉だけでは納得できなかったのかもしれない。勿論私が信用できないのではなく、純粋に心配して。

本当に大丈夫。そう無理にでも笑みを深めようとした。――所で。



「ここが懐かしいと思うのは、君たちの内のノアの遺伝子が懐かしがっているんですヨv」



反響するような声が、静かに廊下へと木霊した。


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