ナンセンズ小話

□もしも僕さえいなければ。
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産まれてこなければ、良かったのに。

僕が母からずっと聞かされ続けた言葉だ。
母は正妻という立場の人間ではなかった。いわゆる、妾という存在だった。
正妻にはすでに子供がいて、跡取りになることが決まっていた。

僕が産まれてこなければ母は、父からの保護をうけたまま生活できたらしい。
僕が産まれたから、母は家を追い出されたらしい。

もしも僕さえいなければ。
母は泣くことはなかっただろう。
もしも僕さえいなければ。
兄は弟(ぼく)を憎むことはなかっただろう。
もしも僕さえいなければ。
僕は誰に会うこともなかっただろう。
もしも僕さえいなければ。
僕は自分を隠すこともなかっただろう。
もしも僕さえいなければ。
僕は僕でいられただろう。


もしも僕さえいなければ。


僕は貴女に会うことはなかっただろう。


僕は心を持つ術を知らなかっただろう。
僕は生きたいと思わなかっただろう。
僕は人を愛したいと、願わなかっただろう。


もしも貴女がいなければ。
僕は死んでいただろう。
もしも貴女がいなければ。
兄は人として生きれなかっただろう。
もしも貴女がいなければ。

もしも、貴女が・・・。

僕を愛してくれたなら。

僕は。僕は・・・。



僕の名前を、呼んで下さい。
僕がここにいると僕に教えて下さい。
僕を存在させて下さい。
僕はここにいて、貴女を求めているんです。
僕と少しの間だけ、一緒にいて下さい。
僕の涙を見ないで下さい。
僕は笑っていますから。

貴女の笑顔を見せて下さい。

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