短編
□2013バレンタイン
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差し出されたのは小さな箱
「え?」
臨也は数回瞬きして目の前の少年を見た。一方少年の方は何食わぬ顔で臨也の目の前に小さな箱を差し出している。
―臨也はもう一度冒頭の台詞を少年に吐いた。
「ですから、臨也さんに。」
少年―帝人は淡々とそう返して、早く受け取れという風に手をあげた。
「…」
帝人の顔を見て、臨也は少しばかり考える。この少年は何を思ってこんなことをしてきたのか。
考えて、至った結論に見合う言葉がこれだった。
「…友チョコ?」
そう呟くと、帝人はきょとんとした顔をして、次いで、まあ、そのようなものでしょうか。と目を泳がせた。
「友達というか、日頃お世話になっている知り合いにあげよう、なんていう話が正臣と園原さんと持ち上がりまして。門田さんとか、セルティさんとか色々な人に今まで3人で渡し歩いてたんですけど、数え間違いで僕の一つ残っちゃって、自分で食べようと思ったんですけど、たまたま偶然今臨也さんに会ったので、あげます。ということです。」
「つまりは最初から俺にあげるつもりはなかったけど、余ったからあげるってこと。」
「はい、そうです。」
どうぞ、笑顔で渡してきた帝人に臨也は一拍置いて、結局受け取った。
「一応だけど、ありがとう。」
「複雑ですけど、どういたしまして。」
では僕はこれで、と走り去ってしまった少年の姿を見送った後で、手に残った小さな箱に目を向ける。
どうしたものか。
臨也はしばらく道の真ん中に留まって考えて、一つ思いついたことがあった。
――――
「開けるの遅いよ帝人君」
「…いきなりどうしたんですか…」
自宅のドアを開けた帝人は目の前にいる人物に呆れながらそう言った。目の前の人物―臨也は手に大きな段ボールを持って、笑顔で立っている。
「ごめん、手塞がっててさ、足でドア叩いたら思いの外でかい音響いちゃって、驚いた?」
「…かなり。」
帝人が家に帰って少ししてから大きな音がドアに響いたのだ。何事かと驚いてすぐにはドアに向かえなかった。心臓に悪かいじゃないかと帝人が呟くと、臨也はもう一度ごめんと謝って、手に持っていた段ボールを床に置いて腕を回した。
「ああ、重かった。」
「何なんですか?これ。」
自分の足元に置かれたそれを見て帝人は聞いた。すると臨也はいい笑顔をして楽しそうにこう言った。
「帝人君におすそわけ。大量に貰っちゃってさあ。」
その言葉に帝人は一瞬いやな顔をして、一拍置いて溜息を吐いた。
「ああ、そうですか。自慢ですか。」
「自慢ってそんなつもりないさ。君にもさっき貰ったからそのお礼にね。」
「貰いもんをお礼にするってどうなんですか。」
「…まあ、とにかく上がって良い?」
「…はあ、どうぞ。」
どうせ駄目っつっても入ってくる癖に。と呟いてから中に戻っていった帝人に臨也は肩を竦めて後について中に入った。
「言っときますけど、僕いりませんからね。あなたが貰ったチョコレートなんて。」
テーブルに向かい合わせに座りお茶を臨也の前に差し出した帝人は、自分の方にある飲み物を一口飲んでそう言った。
「何で?」
「何で…って、あなたが貰ったものですよ。あなたが食べるべきです。」
「俺が貰ったものなんだから俺がどうしようが勝手じゃないか。」
「そういう問題じゃ―…。」
言葉を区切り、黙った帝人を臨也は見つめる。
気まずそうに目を泳がせて俯いた帝人は、しばらく沈黙を続けた後口を開いた。
「…誰かの、あなたに対する想いがつまったチョコなんていただけませんよ。」
静かに、そう呟いた帝人に今度は臨也が黙る。言葉に詰まった訳ではない。ただ、彼の口からその言葉を聴けたのが少し嬉かったのだ。
「君のくれたチョコにも、それは入ってる?」
「友チョコだって言ったじゃないですか。」
臨也の質問に帝人はすぐにそう答えた。決して揺るがないというような頑なな言葉で。臨也にはそれが少年の行動の理由を決定づける一つとなる。
「俺がさ、君を好きだと言っていることは君も良く知ってるよね。」
「…―」
目を見開いて此方を見た帝人。それを臨也は見つめ返す。
「考えたんだよ。君がそんな俺にこれを渡す理由をさ。帝人君の性格から言って、自分を好きだと言っている人間に友チョコなんてものを渡すと思えないんだよねぇ。」
「それ、良い様に解釈してるだけじゃないですか?」
ポケットに入れていた帝人からもらったチョコを取り出してテーブルに置くと、帝人はそれを一瞥してそう言った。その帝人に臨也は笑う。
「そんなことはないさ。帝人君。君が俺にチョコを渡した時の顔を自分で見て見るといい。今の君とおんなじ顔してるから。」
臨也が言った言葉に帝人は息を飲んだ。静かな部屋にはそれが幾分、大きく聞こえる。
「…どんな、顔を。」
そう聞いた帝人の顔を臨也は指差してこう言った。
「素直になれなくてもどかしいって顔。」
「……っあーーもう!」
がたんっと頭をぶつける勢いでテーブルに突っ伏した帝人を臨也は今度は盛大に笑った。
「俺の勝ちだね。帝人君。」
「勝ち負けの問題じゃないですよ!臨也さんのばか!」
帝人はテーブルをダンダン叩きながら突っ伏したままで叫んだ。その帝人の手を臨也は掴んで、止める。
「馬鹿なのは君の方だよ。帝人君。俺の気持ちがそんなに信用できなかった?」
「…。」
テーブルに頭をつけながら、帝人は顔を上げない。何も言わなくなった少年に自分の言葉が事実だとみなして、臨也は掴んでいた帝人の手を両手で包みこんだ。
「なんでさ。あんだけ言ったじゃないか。」
あれだけ君を好きだと、追いかけて追いかけて。なのになぜ信じられないのと、臨也のその問いに帝人は小さく呟く。
「…あなたのどこを信じろって言うんですか。」
包まれた手は力を無くして臨也の手に委ねている。震えた声を取り払うために臨也は帝人の手をぎゅっと握り返した。
「帝人君。顔上げて。」
「やです。」
短く拒否る少年に、しょうがないなと臨也は握っていた帝人の手にキスをした。
「…!なっ…」
それに驚いたのかがばっと顔をあげた帝人に臨也はにやりと笑った。
「…!」
顔を真っ赤にした少年が目の前に広がって臨也は目を細める。
「ほんっと君は厄介だよ。」
「あ、あなたにだけは言われたくないです。」
「なんでさ、俺は素直だからね。君よりもずっと。さて、二人でチョコでも食べようか。もちろん、俺は君がくれた愛のこもったチョコレートを。君は俺の愛がこもったチョコをね。」
「どこにあなたのチョコがあるんですかどこに。」
「あるじゃないか。ここに。」
何を言っているんだと、臨也が指差した先にあるのは臨也が持ってきた段ボールだった。それに帝人は顔を顰めて臨也をにらんだ。
「…臨也さん。さいてーです。」
「馬鹿だな。あれは俺が君のために買ったものだよ。貰ったものだなんてまっぴらな嘘だ。」
「なっ…」
「嫉妬する帝人君可愛かったなあ。押し倒したいくらいかわいかった。何もしなかった俺を褒めて帝人君。」
あなたは本当に最低ですね!
そう叫んだ帝人に臨也は盛大に意地悪な笑顔をした。
―――――