短編

□風邪と衝動
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 ああ風邪ひいた、と思ったのは朝起きてすぐにきた頭と喉の痛みとわずかな寒気によってだった。
 重い体をゆっくりと起こして帝人ははあと一息溜息を吐く。良かったのは今日は週末で学校が休みなこと。良くないことは今日はやることがあったために起きていなければならないことだ。

(動けないほどだるいわけじゃないけど。)

このまままた身を布団にゆだねたいという欲を押し殺して今まで掛かっていた毛布を剥がして壁の方へ押しやった。








ピンポーン









と、呼び鈴がなったのはお昼過ぎのことだった。
朝から身動きせずにパソコンに向かっていた帝人はその音にびくりと肩を揺らした。
誰だろう、と疑問に思った矢先に声が聞こえる。

「帝人くーん。」

…ああ何で都合の悪い日に限ってくるのだろうあの人は。
声を聞いて顔を顰めたのは声の主がやっかいで面倒くさい相手だからだ。帝人は正直無視したい気持ちでいっぱいだが、一度来た彼が簡単に帰らないことを酷く知っている。正直あまり動きたくないのだが仕方がない。渋々といった感じで帝人は玄関の方に足を向けた。

「やあ、帝人君。」

「何か御用ですか?臨也さん。」

ドアを開けて見えたのはとびっきり笑顔の臨也で、帝人は顔を更に顰める。今その笑顔を見るのは自分にとっては毒でしかない。
臨也はそんな帝人の態度にやれやれと肩を竦めた。

「出会いがしらにその顔はないんじゃないかな。」

「ああすみませんね。用がないなら帰ってください。」

「いやあるよ。あるから取り敢えず中に入れて。」

そう言った臨也は此方が返事をする前にするりと家の中に入ってきた。帝人の横をすり抜けて部屋に上がる臨也に対抗する術を未だ持ち合わせていない帝人は、溜息を一つ吐いて部屋に戻る。

「パソコンやってたの?バイト?」

「ええ、まあそんなところです。」

部屋に入るなりそう聞いてきた臨也に帝人はそう答えた。そう、今日やりたかったことというのはバイトのことでどうしても今日中に終わらせたかったのだ。
帝人のその言葉に臨也は、そう、と短く返事をして手に持っていた袋を床に下ろした。

「お昼まだでしょ?作ったげる。」

「え、いや、もう。」

「食べましたなんて嘘ついても無駄だから。俺もまだだからついでにってことで。台所借りるよー。」

とまたしても此方の返事を聞かずに、臨也は袋の中から何やら食材っぽいものを取り出して台所に立った。
帝人は言おうとした口を閉じて下を向いた。ここで食欲がないなんて言ったら何でと聞かれるだろうか。別に聞かれたって風邪気味だと言えば問題ないのだが、彼には言いづらかった。なぜかって前に自分が怪我をしたときにどうしてか酷く心配されたことがあるからだ。
折原臨也は意外と心配性だ。それは自分が利用すべき存在だからなのか、意外と後輩には優しいからなのか。後者は割とないような気がするが、ただ、以前の心配様があまりにも大げさで、今心配されたら心が折れてしまいそうだから。帝人は絶対に隠そうと心に誓った。
のだが。








「さあ、帝人君。いただきたまえ。」

「はあ…あの。」

テーブルに並ぶ食事は臨也の分、そして帝人の分、二人分だが、臨也と帝人のではメニューが違っていた。しかも自分のメニューが明らかに、
帝人は恐る恐る臨也を見上げ、問いかけた。

「なんで、僕はおかゆなんですか?」

「なんでって、だって食欲なさそうな顔してたから。」

「…。」

どうして。

「ついでに言っちゃうと、少し声も枯れてるし、足も若干ふらついてるし、顔も少し赤い。」

うそだ。声だって普段とそんな変わっていない。足だって意外と歩けているし、顔だってそんなに熱くない。

「何で、」

「わかるよ。俺の観察眼をなめないでよね。自覚がない程度だって俺には分かる。」

「…。」

「昨日から悪かった?」

昨日、そういえば臨也と道でばったり会って少し話をした。けれどその時は少し喉が痛い程度だった気がする。

「あれくらいで、分かるんですか。」

「普段からよく見ている人だったらね。」

「…。」

そういうことを言わないでほしい。今、ここで。
帝人が必死で顔を顰めているとは知らず臨也は「まあ、食べなよ。」とおかゆを指差した。湯気の出ているおかゆをじっくりと見つめ、帝人はゆっくりと口をつける。

悔しいが、美味い。


「君は無理しすぎるからね、今日はちょっとだけ様子見に来たんだけど、案の定悪化してる。用心に消化の良さそうな食材買っておいて正解だった。…それでも起きてパソコンいじってるんだから驚いたけど。」

「だって、それは。」

もうやめてください。

「わかってるよ。仕方がないっていいたいんでしょ。帝人君は意地っ張りで強情だからね。」

だからそれについては何も言わなかったじゃないか。そう言って臨也は普段見せない優しい顔をする。

「…っ。」

やめてください。帝人は心の中でそう叫んだ。
折原臨也は心配性だ。しかも最近になって優しくもなった。それは自分が利用すべき人間だからなのか、意外と後輩には優しいからなのか。後者の可能性は限りなく低いが、前者だったら、少し悲しい。
だってそれは自分が彼のことを少しでも好きだからで。優しくされたらもっと好きになってしまいそうで、だからやめてほしかった。そんな理由ならやめてほしかった。
そうやって笑うのも、優しくするのも、心配するのも。

じゃないと自分は。


「臨也さんは、」

「ん?」

どうして最近そんなに優しいんですか。そんなことを言ったら笑われるだろうか。
臨也を見ないようにして帝人は俯く。風邪のせいだろうか。思考回路が働かない。上げられない顔に、少しの沈黙が続いて、でも、今とても泣きそうで何も言えそうになかった。








++++++
どうしてだろうね。

臨也は心の中で呟いた。
昨日の帝人の様子を見て心配になって、半ば衝動的な行動でここにきた。こんな衝動は以前にもあって、それは彼が怪我をして、それを目の当たりにした時だ。どうしようもなく気にかかって、無視できなかった。自分はこんなに衝動で動くような人間ではないはずなのに、帝人のことになるとどうしても自分を制御出来なかった。
どうして彼に関してだけそうなのか。以前は全く分からなかったが、考えに考えて今はもう分かっているのだ。
だから、彼に優しくしてしまうのも、心配してしまうのもそれはもう臨也の中では仕方のないことであり、そうすべきだと思っている。
けれどどうしてだろうね。

君はそんな自分を見て不可解な顔をする、どうしてだという顔をする。自分が他人に優しくしたらそんなにおかしいか。いやおかしいのだろうがだからってそんな顔をすることはないじゃないか。
今だって、泣きそうな顔までされている。


「帝人君?」

「…。」


何も言わず彼は俯いている。臨也はそんな帝人にどうすれば良いかわからなかった。ただ、声をかけるしか出来ない。

「…ねえ帝人君。」

「…。」

「…俺が優しくしたらそんなにおかしい?」

「…っ。なんでっ。」

臨也の問いに、帝人は今度はぼろぼろと泣き出してしまった。それに臨也は酷く戸惑う。どうすればいい、泣いてほしくなんかないのに。

たまらなくなって、臨也は帝人のそばに寄った。そしてそっと抱き寄せる。
抵抗せずに腕の中に収まった彼の体は熱くて、とてもじゃないが正常とは言えない。確実に熱が上がっている証拠だ。

「ねぇちょっと!」

「っ臨也さん、は!どうしてそういうことをするんですか!」

「ちょっ、…」

突然叫んだ帝人に臨也は焦った。一体どうしたというんだ。

「っとにかく横になろう!ね?」

「もう…つらいです。」

「そりゃあつらいよだって熱が…」

「っ優しくしないでください!」

帝人はまた叫んで臨也から離れようとする。けれどそれはかなり弱々しい力で、臨也は帝人を抱き締めた手に力をこめた。

「ちょっと黙れよ!」

「いやだ、離してください!」

「…っなんでそんなに拒否するわけ!?」

どうしてそんなに嫌なのか、臨也には分からなかった。優しくしないでなど、普通優しくすれば相手は喜ぶものじゃないのか。君だってあなたは冷たすぎるといつも言っていたじゃないか。
臨也はもう訳が分からず、分からないままに帝人に叫んだ。すると帝人はびくりと肩を揺らしてこちらを見上げてきて、涙で溢れた目をした帝人に臨也は息を飲む。

「だって、」

「帝人、く」

「だって僕は!あなたが好きなのに!」

「……!」

「だから、やめてくだ、さ、!」

臨也は帝人を黙らせるように口を口で塞いだ。それ以上拒否するなと、彼が何を勘違いしているかは分かったから、その拒否は無駄だと分からせるために、臨也は帝人に深く深く口付けをした。

「んう、」

苦しそうにした帝人に臨也は口を離してやると、心底驚いて硬直した少年の顔があった。
それを見て臨也は苦笑してしまう。

「俺も好きだよ」

「…ぇ?」

帝人の頬に一筋の涙が伝う。それを指で拭って、ぎゅう、と抱き締める。

「好きだから、今は安心して寝ていいよ。」

そう、優しく呟くと、ずしっと帝人の体重が重くなる。気を失ったのか眠ってしまったのか、とにかく静かになった帝人に臨也はほっと息を吐いて、静かに帝人を横に寝かせた。

こんなところで告白するつもりなどなかったのに。
前まで自分はこんなに衝動で動くような人間ではなかったのに、彼の突然の告白にこちらも衝動的に言ってしまったではないか。

ホント、帝人君はすごいよ。

臨也は呟いて、寝ている帝人の頬を少しつねってやった。







次の日、帝人は昨日の告白のことを全く覚えておらず、少しイラッとした臨也は再び深い口付けをお見舞いしてやった。

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