短編

□ただ引き止めて話をしたかった
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青い絵の具をぶっかけたような雲一つない空に、焼けるようなアスファルトの熱に意識が遠退きそうになる。

(あついなぁ)

家のなかはまるでサウナで、扇風機もなく冷房もないあの部屋にはいられないと思い部屋を飛び出したのは今から数十分前のことである。
けれど外に出たところで不快感は変わらずにあり、周りにいる誰もが思っているだろう言葉を心の中で呟いて、僕はあと少し先にあるコンビニに向かっていた。
と、そこでポケットを震わすケータイ。
誰だと思いつつ気怠さに任せて珍しくも名前を見ずに着信ボタンを押すと、

『暑くて死にそうな顔してるね、帝人君。』


少し低めの、聞いたことのある声が耳に響いて顔をしかめたら、そんな顔しないでと返される声。
どこかで見ているなと辺りを見回したら、左上にある喫茶店の窓から手を振っている黒い人間がいた。


ああ、こうなればサウナみたいでも家にいればよかった。










「やあ、帝人君。もう一度言うけど、人の声聞いただけで顔顰めないでよね。結構傷つくんだけど。」

「ああ、あなたに傷つくとかあるんですか。」

涼しい喫茶店の中で優雅に紅茶を飲むのは折原臨也で僕は今折原臨也の向かいの席に座っている。


「君は俺をなんだと思ってるわけ?…ああ、何でも頼んで良いよ。俺は君には寛大だからね。」

メニューを眺めていた僕に臨也さんはそう言った。

「変人だと思ってます。どこが寛大なんですかどこが。」

「ひどいな。今まであんなに優しくしてきたつもりなのに。」

どこら辺が?彼との出会いからの記憶をたどってみたが優しくされた記憶なんて米粒ほども思い出せなかった。
注文を聞きに来た店員さんに僕はアイスミルクティーにショコラケーキを頼むと臨也さんも追加でコーヒーを頼んだ。


「ところで、話って何ですか?」

「ん?」

なぜ僕が彼のいた喫茶店へとわざわざ足を運んだのかって別に彼と顔を合わせたかったわけじゃなく、電話越しに話があると言われ無視すれば家に押し掛けると言ってきたからなのだ。
早く本題に入らなければ彼が目の前にいる状況が長くなってしまうのでここいらで僕は臨也さんにそう聞いた。
すると彼は珍しくも視線を彷徨わせる動作をする。

「臨也さん?」

「…そうだったね。」

疑問に思い僕が彼の名前を口にすると今度はいつも通りのにっこりとした胡散臭い笑顔を返してきた。

「帝人君はさ、俺に考えなしって言葉があると思う?」

「…?どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。どう思う?」

「はあ…」

折原臨也は僕の知る限りでは策略家だ。相手の行動を読み、常に先に起こるであろうことを考えているような。だから、考えないなんてこと、考えなしなんて言葉は彼には似合わない。

「僕はあるとは思いませんね。」

「うん、俺もそう思う。」

僕の回答に臨也さんは笑って同意する。一体何の為に聞いたんだ。無駄な話をさせるなと彼を睨み付けようとするとまるでそれを阻むように頼んでいたケーキが運ばれてきた。
…仕方がない、甘いものは笑顔で食べるものだ。何せ好きだから。

しょうがなく睨むのを止めて、僕は頂きますとケーキの前で手を合わせる。そしてデザート用の小さなフォークを手に取ってショコラの甘い香りを堪能しつつケーキを頬張った。
ああなんて幸せだろう。
口のなかに広がる甘さに自然と笑顔をこぼしつつ二口目に手を伸ばそうとしたときに、向かい側から笑い声がきこえた。

「…何ですか。」

「いや、いいなあと思って。」

羨ましそうなその言葉に僕は首を傾げて、彼を見る。なんだ食べたいのか。

「欲しいなら臨也さんも頼めば良いじゃないですか。」

「ん?…いや、そういう意味じゃ…ないんだけど。」

歯切れの悪い言い方に僕は僅かな疑問を持つ。
今日の彼はどこかおかしい。いやいつもおかしいがいつも以上に。
だからといって別に心配な訳ではないのだが普段胡散臭いほどに強みを見せている彼が今日は弱々しく見えるのだから、気にするくらいはしてしまうのだ。

「臨也さん、どうかしましたか?」

「何が?」

「…いえ、何となく。」

きょとんとした顔をされたので僕は口籠もる。臨也さんは、君は時々変なことを聞くね、と首を傾けたあと頼んだコーヒーに口を付けた。あなたにだけは言われたくない。

まあ。
いいか。
無意識なのかどうかは知らないけれど、どうせ聞いたところで答えてはくれないだ。だから僕は目の前のケーキを食べることに専念することにした。










時折使う喫茶店の窓から見知った頭が見えたのは本当に偶然だった。
あ、彼だと認識してしまえば勝手に手が携帯を動かしていて、気が付けばあの少年に電話をしていた。
受話器から決まった電子音が少し鳴り、早く気づけよと自分の心が焦る。
やっと止まったと思えば気怠そうな彼の声が聞こえた。

「暑くて死にそうな顔してるね、帝人君。」

軽口でそう言えば心底嫌そうな顔を返される。
それに文句を言えばキョロキョロと辺りを見渡す少年。
その姿に少し笑いそうになりながらさて見つけられるかなと彼を見つめていれば、上を見上げた大きな瞳と目が合った。お、やった。満足して手を振ると帝人君は呆れたような溜息を吐いた。

『あなたは涼しそうですね。』

「店の中だからね。」

分かり切ったことを言ってやると、用が無いなら切りますよと素っ気ない返事が返ってきた。
ああまずい。この距離だと彼を引き止められない。
それだけが瞬時に頭に浮かんで、先を考えもせずに少年を引き止める為だけの言葉を言った。


あの時の自分は考えなしだった。

帝人君に話とは何かと聞かれたときに何も考えずにいた自分に気が付いた。話なんていくらでも考えれば作れるのに、そうすることが出来ないほど、自分は焦っていたということだ。


目の前で幸せそうにケーキを食べる少年を見て良いなぁと思う。
彼が近くにいることが。
自分に気が付かずに行ってしまわなかったことに良かったとも思う。

じーっと見つめて、何ですかと聞いてきた少年に思ったことをそのまま告げると、勘違いをした彼は随分的外れなことを言ってくれた。


馬鹿だなぁ、俺が欲しいのはケーキじゃないのに。



――――

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