短編
□臨誕2012
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自分のやっている職業は基本的に土日祝日など全く関係なく、ましてゴールデンウィークなどあってないようなものだ。
まあ、それは別に嫌だとも思っていない。この仕事は趣味の延長線上でやっているようなものなのだから。
かくして今日の祝日もこうして自分は一日仕事をしていて今は帰るところである。明日はこどもの日であるから各家々にこいのぼりが泳いでいるのを見上げ、臨也は少し息を吐いた。
(別に期待していたわけじゃないけど。)
池袋の町を歩きながら携帯を一度開いてはまた閉じるという動作を数分おきに繰り返している。時間はどちらかというともう夜で、こんな時間になってしまうと今後連絡が来るというのはあまり考えられないだろうと思う。のに、こうして待ってしまっているのはどうしてなのかと思考を巡らしても最初から曖昧な気持ちであるから明確な答えなど見つからないのだが。
さて、なぜ今自分がこんなにも悩んでいるのかというと、今日5月4日とは一応自分の誕生日なのだった。だから、今頭の中で思い描いている、自分からしたら恋人というカテゴリーに入る一人の少年からお祝いメールくらいくるんじゃないかと朝からほんのちょっと期待していた心がこの時間まで長引いている。つまりは向こうからなんのアクションもないのだ。
落ち込んだかそうでないかと聞かれれば落ち込んでいて、少年が酷いか酷くないかと聞かれればどちらともいえない。
そもそも自分の誕生日を知っているのかどうかさえ定かではない。自分から言ったことはないし、彼が自ら自分の誕生日を調べるとも思えるほど向こうからの愛は感じないから。
それでも。
それでもと考えてしまう自分の脳みそを本気でどうにかしたい。そう考えながら、新宿へ向かう電車に乗ろうとしたところだった。
右手に持っていた携帯が震え、臨也は高速で携帯のディスプレイを見た。
竜ヶ峰帝人。
待ちに待っていた名前が表示されていて臨也は目を見開く。電話だったため、電車を急いで降りて通話ボタンを押した。
『―臨也さん。』
「やあ、帝人君。どうしたの?」
直ぐに聞こえた帝人の声に何事もないようにいつもの口調で臨也は返すと、あの、と口籠もる声が聞こえた。
『今どちらにいますか?』
「今?仕事で池袋にきててさ。これから帰るところだったんだけど。」
せっかく電話がきたから今からキミの家に向かおうかなという言葉を口に出そうとしたら、受話器の向こうから「失敗した」という声が聞こえた。
「何が?」
『いえ…今から新宿に帰るところなんですよね?』
どことなく落ちたトーンで帝人がそう聞いてきたので、もしかして会いたいとか思ってくれているのかなとか、誕生日知ってたのかなとか考えてしまうのはしょうがないだろう、と改札を出つつ臨也は考えた。
「気が変わった。今から帝人君の家に行くよ。」
『え…ちょ、ちょっと待ってください!困ります!』
臨也の言葉に本気で慌てている帝人の声が聞こえて臨也はその場に立ち止まる。え、何で困ることがあるのか。
「だ、だって、今僕家にいませんから。」
ああそういえばそうだ。帝人が自宅にいるとは限らなかった
「…じゃあどこにいる?今から行くから。」
柄にもない自分の思考回路に喝を入れつつ受話器の向こうにそう聞くと、それは、とさっきと同じように帝人は口籠もった。
今度は本当になんで、だ。何故言えない。もしかして会いたくないとかじゃないだろうな。本気でへこむんだけど。
けれど、それじゃあ帝人が自分に電話をしてきた意味が分からない。
数秒沈黙が続き、臨也はその沈黙をやぶった。帝人君?と彼の名前を呼べば、あーもー!と怒ったように大きな声を受話器ごしに響かせる。
『臨也さんのばか!早く帰ってきてくださいよ!』
「は?」
ぶつっ、と会話をぶったぎる電子音が聞こえて臨也は一人疑問の声を上げる。
帰ってきてってどこにだよ。考えて、まさかと一つの答えを臨也は見出だした。まさかまさかまさか!
(は、やく言えよ!!)
改札出ちゃったじゃんか!心の中で叫んで臨也、再び電車へと足を向けた。
自宅に走って玄関を開けると見知った靴が置いてあり、中に入るとソファーに膝を抱えてまるくなっている恋人が見えた。
「帝人君、ちょっと。」
「ああ臨也さん、お帰りなさい。」
何してんのという言葉を言う前に帝人からそんな言葉が返ってくる。
だからそうじゃなくて!
「連絡くれればよかったのに。」
「すぐ帰ってくるんじゃないかと思って、そうですよね、臨也さんは休日関係ないんでした。」
驚かせようと思ったのがあだになっちゃいましたと、呟いた帝人に、何故自分を驚かす必要があるのかなんて今は聞かない。
「いつからいたの。」
「…だいぶ前です。」
だいぶ前ってまさか朝からとかじゃないよね。臨也はそう思いながらソファーの、帝人の隣に座る。
「よく知ってたね。」
「まあ、一応。結構前に偶々調べたことがあっただけです。」
にせ情報だったらどうしようかとも思ってましたけど、と付け加えながら言った帝人と、テーブルに置かれたラッピングされた箱を見て深く深く溜息をつく。こんなことになるんだったら今日仕事なんてしないで家にいれば良かった。そうすればきっと朝から幸せ絶頂だったんじゃないかって。
だってそうだろう。
彼がわざわざ自分の誕生日を調べてまで祝おうとしたなんて。絶対ないと思っていたのに。それでももし仮に、偶々自分の誕生日を知っていて、メールだけでもくるんじゃないかって考えていたくらいだったのに。
割と自分が思っていたより想われているのだろうかなんて、隣でまだ膝を抱えている帝人を思いっきり抱き締めた。
「ちょ、臨也さん!」
「帝人君。どうしよう。」
「何がですか!」
あーどうしよう。こんなに嬉しいことは早々ない。
腕の中でわーわー言っている帝人に笑いながら臨也はありがとうと呟いた。
臨誕!!
―――――
めちゃめちゃ突発的文章で申し訳ない臨也さんごめん。
誕生日おめでとう!