短編

□約束はしない、でも
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また来年も一緒にとかいう約束をすることはこれから一生確実にないと断言できるが、彼となら来年もこうして一緒に桜を見られれば良いと思うのもいいかもしれない。



「綺麗ですねぇ」

暗い夜に街灯の光で輝いて見える桜の下で、隣の少年は感慨深く呟いた。

「帝人君は、もう花見したんだよね。」

「あ、はい。昨日正臣と園原さんと、あと新羅さん達とか門田さんたちとか。」

指を折って人数を数えながら、あと静雄さんも来ましたよと楽しそうに言った帝人に臨也は軽く顔をしかめた。

「何それ。知り合い全員じゃん。俺呼ばれてないんだけど。」

「ああだって、せっかくのイベントがぐっしゃぐしゃになるなんて嫌じゃないですか。」

「シズちゃんを呼ばなきゃ済む話だよ。」

「静雄さんか臨也さんかどちらを呼ぶかってなった時満場一致で静雄さんになりました。」

呼ばれたければ日頃の行い直したらどうですか。桜から目を逸らさずに帝人はそう言った。全く、可愛い顔をして言うことは可愛くない。
臨也は肩を竦めて、桜の木に近づいてそっと木の幹に寄り掛かった。上を見上げると桜色の花びらが視界一面に広がっていて、ひらひらと落ちるそれをひょいっと一つだけ掴む。

「いいね、楽しそうで。」

独り言のつもりで臨也は小さくそう呟く。その言葉を帝人は聞き取ったらしい。きょとんとした顔で此方に近づいてきた。

「臨也さんは花見してないんですか?」

「助手を誘いはしたんだけどね。きっぱりと断られた。」

「ああ…昨日ちらっと来てましたね。矢霧君たちも来てたので。」

それは聞いてないぞ助手。
臨也は溜息を吐き、先ほど手に取った花びらを帝人の手のひらに乗せてまた上を向いた。

まあ別に花見に呼ばれないとしても傷ついたりはしてないのだが。むしろ桜の木の下で群がっている人々を遠くから眺める方が自分は楽しいと思う方だから。
―けれど、今は平日の夜遅くで周りには誰もいない。少年と二人こうして桜を見上げている。


ここで帝人とこうしていることはただの偶然だ。仕事帰りに公園の真ん中を通ったら桜の木の下で一人それを見上げている少年を見かけた。それが帝人だった。ただそれだけだ。


「帝人君は何でこんなとこにいたの?」

そういえば聞いていなかったと思いだして臨也は帝人にそう聞いた。手のひらに乗せられた桜の花びらをまじまじと見ていた帝人は、ああそういえばそうですね、と苦笑いする。

「何?」

「いえ、別にただ、さっきまで正臣のナンパに付き合ってたんですけど、その帰りにこの公園を通ったら桜が咲いていたんです。それで綺麗だなぁと思って少し見てたら臨也さんに声をかけられた、それだけです。」

本当に偶然ですね、臨也さん。笑って言った帝人に臨也はふーん、そっけなく返事をした。偶然が重なって会えたことが嬉しいだなんて思っていない、断じて。

「紀田君たちと来年も花見をだなんて約束でもした?」

「何ですか、それ。」

「何となくさ、君たち学生はそういう約束をするのかと思って。」

約束だなんて曖昧なものだ。明日のこともわからないのにどうして365日先のことに指切りできるのだろう。

帝人は「約束はしてないですけど」と臨也の言葉に唸りながら答える。

「また来年も一緒に出来たらなぁと思います。」

遠くを見てそう言った少年の横顔を見て臨也は何となく目を伏せた。
分かっている、そう約束をすることは、それだけそうしたいという願いなのだ。例え約束が果たされなくとも。

「ねぇ、帝人君。」

「はい?」

また来年もなんて約束は絶対にしない。けれど彼となら来年もこうして一緒に桜を見られれば良い。そう思うのもいいかもしれない。

「また桜、見れるといいね。」

君と俺と二人で見れるといいね、なんてさすがに言えないので省略してそう呟いたら、彼は、来年も桜は咲きますよと的外れなことを返して優しく笑った。





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