短編

□優しいね
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自宅付近の道のりで、見知った後ろ姿を見つけた。

「臨也さん?」

思わず声を掛けると、その人物はゆっくりと振り返ってこちらを見た。

「…顔色悪っ!」

「やあ、帝人君。」

目が合っていつもの笑みで声を出した臨也さんの顔はなんというか、真っ青まではいかないけれど、でも確実に青かった。

「ぐ、具合悪いんですか?」

「いやぁ、ちょっと寝不足続きで。…そんなに顔に出てる?」

「出まくってますよ!」

寝不足って、どれだけ寝なかったらそんな顔になるんだ。僕だってバイトで寝不足になることはあるが、あそこまでの顔になったことはない。

「ちょっと休んだ方が良くないですか?」

「ああ、でも今から人と会う約束があるから。」

「…でも、」

「大丈夫。」

なんとかするさ、そう呟いて臨也さんは歩いて行ってしまった。
僕はその後ろ姿をしばらく見つめていたが、しかたがない、再び自宅へと足を向けた。






――――――

夜11時を回った頃だ。明日は休みだし、今日はゆっくり休めると思い布団に足を突っ込んだ所に呼び鈴が鳴った。
居留守でも使おうかと思ったが、もう一度呼び鈴を鳴らされたので、諦めて出ることにした僕は、まずドアの覗き穴から外を見る。視界に入ったのは、真っ黒な服で、僕は慌てドアを開けた。

「臨也さん!?」

「…遅い。」

小さな声で呟いた彼は、倒れこむように僕に抱きついてきた。
僕はよろけそうになりながらもその体を受け止める。

「お、重い…。」

「うん…でもごめん、もう限界…。」

「ちょっ、ちょっと…」

段々と重くなっていく臨也さんの体に悲鳴を上げそうになったが、何とか堪えた。彼はもう眠りにつきそうな勢いである。

僕は臨也さんの体をずるずると引きずって部屋の中に入れた。そして、何とか彼から抜け出して靴を脱がせる。

(ああ、疲れた…)

寝る直前にこんなに疲れるなんて早々ない。そもそもなんでこの人はこの家に来たんだ。…まあ、ここが一番近かったというところだろうが。
真相を知る人物は既に寝息をたてていた。

しかたがない。
僕はもう一度臨也さんを引っ張って布団の上に乗せて、毛布を掛けた。
そして自分は、座布団を二枚畳の上に布いて、その上に寝転んで、半纏を被った。






――――――
朝目が覚めると、外はもう明るくて、何故だか良い匂いがした。

「もう10時過ぎだけどね。」

「へ…?」

おはよー、と間延びした声がして、そこで僕の意識は覚醒する。
慌て起き上がると自分はちゃんと布団の上にいた。

「え、あれ?」

「帝人君さー、前も言ったけど、俺畳の上で良かったのに。座布団の上に半纏って、寒かったでしょ。」

台所で何かをしている彼は僕の方を見ずにそんなことを言った。冬だし、確かに寒かった。けれど彼は疲れていたのだ。その状態で畳のうえなんて風邪を引いてしまう。だから、

「そんなこと出来ませんよ。」

そう呟くと、君は優しいねぇ、とため息混じりで返された。

「…何か、作ってるんですか?」

火を使っている音と、部屋に香る匂いに僕はそう聞くと臨也さんはやっとこっちを向いた。

「キミの家の冷蔵庫はろくなものが入ってないね。味噌汁作るのにも苦労したよ。」

いつもの笑顔で笑った彼の顔は昨日のように青くは無かった。

「寝不足、解消されましたか?」

「おかげさまでね。」

そうか、それなら良かった。僕は安堵して、台所に歩み寄った。
煮込まれている鍋の中身は豆腐と長ネギというシンプルなものだ。

「味噌ありましたっけ。」

「自分の家のもの把握してないなんて料理してない証拠だ。」

臨也さんは、下の棚からまだ封の開いていない味噌を取り出して蓋を開けた。

「だしも使ってないのがあったし、賞味期限ギリギリだよ全く。」

ああ、たぶん親が送ってきたものだ。帝人はそこで思い出した。

「臨也さん料理出来るんですね。」

「意外?」

意外というか考えたこともなかったが、そういえば彼は、カップ麺とかそこら辺の類のものは嫌いだったか。

「そうでもなかったです。」

「何それ。」

今笑った彼の表情はいつものものとは違って見える。落ち着かなくなって僕は臨也さんから離れて布団を片付けに戻った。
いつも休みの日はそのまま放っておくことが多いのだが、今日はそうもいかない。布団を折り畳んで端っこに押しやった。
それから味噌汁をよそっている臨也さんを見て、急いでテーブルを出す。
座布団を2つテーブルの向かいに敷いたところでタイミング良くご飯と味噌汁がテーブルに並んだ。

「出来たよ」

「ありがとうございます。」

座布団に座って、二人で手を合わせる。
僕は始めに味噌汁に口をつけた。じわじわと体に浸透する温かさに、ほう、と息を吐いて、臨也さんの方を見ると、彼も同じように味噌汁に口をつけていた。

「臨也さん、最近寝不足になること多いんですか?」

「んー?そうだねぇ、最近じゃなくても仕事上そういう事はあるよ。」

「そうなんですか。」

あんな具合悪そうな顔になることがたまにあると彼は軽そうに笑う。

昨日のような状態で彼が来たのはあれで二回目だった。一度目は2週間前だったか。
僕がドアを開けた途端に彼が倒れこんできたのだ。最初は怪我でもしているんじゃないかと思ったが、目立った外傷もないし、小さく、休ませてと言った彼の声はとても疲れているように聞こえた。戸惑ったがこのまま放ってもおけずに結局家の中に入れた。その次の日、出て行く前に彼は言ってなかっただろうか。

「二度とこんなことはないようにするからって言ってませんでしたっけ?」

「…だからお詫びに朝食作ってあげたじゃないか。」

こんな美味しいやつ、そう自画自賛して、臨也さんはもう一度味噌汁に口を付けた。
確かに美味しいけど、別に詫びなんかはいらないのだ。来るのは別に良いし、休んでいくのは僕の迷惑にならない程度ならば別にいい。僕が言いたいのは、彼が二度も死にそうな顔をしていたということだ。

「優しいね、キミは。」

臨也さんは僕の思考にタイミング良く口を挟んできた。

「優しくは、ないです。」

「じゃあなんで。」

かしゃんと箸を置いて、臨也さんは僕の隣までやってきた。

「なんで君はそんなに心配するわけ?」

「それは、知り合い、ですから。」

覗きこまれるようにして近付けられた顔に、たじろきながら僕はそう答えた。
すると臨也さんは、ふぅん、と曖昧な返事をした。

「じゃあ、そういう事にしておこう。」

「なんなんですか。」

ひょいっと離れてまた、席に戻っていった臨也さんは、何でもないよと気持ち悪く笑っていた。

「ここは居心地がいいね。」

「ああそうですか。」

「また来るよ。寝不足になったら。」

なんだそれは。決定事項ですか。どーでも良いですけど、連絡してから来て下さいよ。
顔を顰めて言った僕の言葉に、臨也さんはやっぱり笑った。

「ホント、優しいねぇ。」






―――――――

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