なくしたものは、

□取り戻したいから
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フォルダの中にあったいくつもの写真は、その多くがあの高校生だった。
笑った顔や怒った顔、後ろ姿や横顔、中には盗撮何じゃないかと思われるアングルのものもあって、彼一人が写っているものがほとんどで。
けれど、でも、
少しだけではあるが自分と、彼が一緒に写っているものがあって、彼の隣で笑っている自分の顔はとてもじゃないが。

誰だよこいつ。

まるで別人だ。優しく、笑う自分の顔はとてもじゃないが折原臨也とは思えない。だってそうだ。常日頃から鏡を見ているわけではないが自分の顔があそこまで崩れることなど確実といっていいほどない。

そう、だから―



「誰だよコイツ!」

「いや、臨也だよね。どう見ても。」

テーブルに散らばった写真を見ながら、頭を抱えている臨也に新羅は淡々とそう答えた。何を分かり切った事をとでも言うような目で。
臨也はその言葉に溜め息をを一度吐いて問題の写真の一つを指差した。

「よく見てくれない?こんな顔、俺がすると思う?」

臨也が差した写真は、帝人と臨也が写っているもので、昨日パソコンから現像したものだ。テーブルの上にある何枚もの写真もすべてそれにあたる。

新羅は写真を一瞥しつつ、臨也を見た。

「7年もすれば臨也だって変わるだろう。」

「無理だね。」

「どうして?」

苦い顔をして即否定した臨也に新羅は疑問の声を上げる。それに臨也は今度は余裕綽々な顔をして笑った。

「俺がそんな簡単に変われる人間でないことくらい自分でよく分かってるからさ。」

自分は自分の性格をよく分かっているつもりだ。それを踏まえて考えれば何年経とうと何十年経とうと他人に対してあんな表情をするような人間になるとは到底思えないのだ。

「じゃあ臨也はこの写真をどう説明するのさ。」

「だからそれは俺じゃない。俺とそっくりな顔をしたどっかの誰かさんだ。」

「…」

臨也の言い訳じみた言葉に新羅は心底呆れた顔をした。
臨也自身何を喋っているのか分かっていないのではないだろうか。ただ、目の前の現実を受け入れないよう必死に逃げている。
まあ、信じられないというのは分からなくもない。新羅もあの臨也を見た時は驚いたものだ。何にせよ、今の臨也が一生あり得ないと言っていることを難なく変えてしまったあの少年には感謝をしているのだ。おかげで自分の愛するセルティに迷惑がかかることが大分減ったのだから。
けれど、今の臨也は帝人のことを忘れてしまっている。しかも面倒くさい時期の記憶のみ残して。救いなのは忘れているくせして少年が気に掛かって仕様がないというところだろう。(いやあの少年にとっては不幸だろうが)

まあ、新羅にとっては臨也が帝人のことを思い出してくれた方が割と都合が良いためこうして協力の意を見せているわけだけれど、写真を見て眉を寄せている臨也はなかなか思い出そうとする気が無さそうである。

(どうしたもんかなぁ、といってもこればかりは本人の問題だからね。)

ため息を吐いて、あとは時間に任せるしかないんだろうなと、ふと壁に掛かっている時計を見た。

「あ。」

「なんだよ。」

「ああ、それがさ。」

時刻は16時。約束の通りであればもうすぐ来る時間だ。そう思い、そのことを臨也に言おうとした瞬間呼び鈴がなった。

「あ、来た来た。」

「…だれが?」

「誰って、帝人君が。」

「……はあ!?」

ガタッとソファーから立ち上がって臨也は驚愕の顔で新羅を見た。何をそんなに驚いているのだと思いながら新羅も席を立って玄関に向かおうとする。と、ちょっと待てと臨也に腕を捕まれた。

「どうしたのさ、臨也。」

必死、という感じで引き止めてきた臨也に新羅は疑問の声を上げる。臨也は足を止めた新羅を一睨みし、そして何か言いたそうな、けれど何を言えば分からないような困惑した顔をした後、テーブルに散らばった写真を掻き集めて客室の方へ向かいながら叫んだ。

「俺がいることは帝人君には言わないでよ!」

「ちょ、臨也…」

何言ってるのと言おうとしたが、その前に臨也は客室のドアを閉めてしまった。新羅はやれやれと肩を竦めてどうしようかと考える。帝人だけなら居留守でも使ってごめん今日は会えなくなったと連絡をすればよいのだが、少し前、セルティが帝人と一緒に家に向かうという連絡があり意気揚々と待ってると返信してしまったためそれもできない。折角帰ってきたセルティにも会いたいからね!新羅はそう思い再び玄関に足を向けた。








――――

「セルティおかえり!そしてお待たせ帝人君。遅くなってごめんね。」

「あ、いえ。大丈夫です。」

『どうかしたのか?』

少し時間を置いて出てきた新羅にセルティはそう文字を打つ。帝人も隣で気になったため、疑問の目で新羅を見る。すると新羅は「電話をしててね」と一言言ってセルティの方を見た。アイコンタクト、と言えば良いのだろうか。新羅の目がセルティに何かを伝えて、彼女が納得したように帝人には見えた。
その一瞬の出来事の後、帝人は新羅に部屋へと促され、セルティにも背中を押され、不可解な気持ちのまま部屋の入った。


「さて、帝人君から見て臨也の様子はどうだい?」

「そうですね…今のところ、特には。」

リビングのソファーに座り、新羅の質問に帝人はそう答えた。今日帝人が此処に呼ばれたのは臨也について話し合いのためだったからだ。
ただ実際、帝人が怪我をした臨也の家に通ったのはまだ1日だけで、昨日の日曜なんか何故か来るなと断られたのだ。彼の変化とか何か思い出したかなんて帝人には分からなかった。

帝人の一言に新羅は、そうかい、と言葉を返し、それからテーブルに置かれたお茶を嬉しそうに啜る。

「ああ、セルティの入れてくれたお茶は世界一美味しいね!」

『馬鹿言ってないで話を続けろ!』

セルティは新羅の言葉に突っ込みながら帝人の前にもお茶を差し出す。帝人はそれにお礼を言って湯気のたったお茶を両手にとった。

「帝人君の入れてくれた飲み物は俺の好みど真ん中なんだよねぇ。」


なんて、新羅のセルティに対する言葉を聞いて、臨也のそんな言葉を思い出す。それは臨也さんが自分の好みを僕に逐一言ってきたからでしょう。そう返した帝人に臨也はそれだけじゃないさと困ったように笑うのだ。
じゃあ他に何があるんだと、そこでは問いたださなかったのは臨也が聞いてほしくないという顔をしていたから。まあ、いつか教えてもらえばいいかと、そう思っていたらこんなことになってしまった。

(彼の記憶は戻るのだろうか)

そんなことを考えたのはこの数週間で何度目だろうか。
臨也に思い出してほしいか。それを最初に問われればそんなの分からないと答えただろう。が、今は違う。彼に自分のことを思い出してほしい。理由はまだよく分からないけれど、今は強くそう思っていた。

―例え手段がどうであれ。


「…新羅さんに聞きたいことがあるんですが、」

「なんだい?」

両手に持っていたお茶をごくりと一息飲んで、帝人は昨日から考えていたことを言葉に出した。


「臨也さんの好きな人って誰か知っていますか?」

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