なくしたものは、

□彼の記憶
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『臨也が少し面倒なことになったから、帰りに家に寄ってくれないかな。』

新羅からそんなメールが届いたのは学校の昼休みの時間帯で、帝人はお昼のサンドイッチを噛りながら首を傾げた。

(臨也さんが、面倒なこと?)

彼が面倒だなんていつものことだが、それとはまた別な面倒事ということだろうか。怪我をしたとかならそう書くだろうし。
しかもなぜ自分に連絡が来るのだろうかと疑問に思う。いくら自分が彼の家でアルバイトをしているからといって、臨也がらみでこのようなメールが来たことなど(しかも新羅から)今までなかったと言っていい。

面倒事ってホントなんだろう。
帝人はぐるぐると考えていたが、そのうちに昼休み終了のチャイムが鳴ってしまい、食べかけのサンドイッチを手に残しながら取り敢えず新羅に了解のメールをした。






+++
帝人が新羅の家に着いたのは部屋に夕焼けが差し込む時間帯で、玄関前で新羅に苦笑いで出迎えられた。

「学生ってこんな時間まで勉強するんだなぁ。大変だね。」

「新羅さんだって昔やってたことじゃないですか。…それより、面倒なことってなんですか?」

リビングに連れられながら、帝人は単刀直入にそう聞いた。正直言って昼間からずっと気になって授業どころじゃなかったからだ。
急かすように言った帝人に、新羅は先程玄関で見せたような苦笑いをもう一度見せた。どう話したら良いかなぁ、と溜息を吐いている。

「とにかく、臨也に会ってみてくれるかな。」

「…はぁ。」

会ってみるという言い方に変な違和感を感じた帝人だが、大人しく新羅についていくことにする。

新羅は客室ドアを開けて臨也の名前を呼んだ。それに対して返ってきた声は確かに臨也のものだが、なんだか怒っているようだ。新羅の後ろにいた帝人は横から顔を出して中の様子を確かめた。

頭に包帯をして、ベットに寝ている折原臨也。若干しかめっ面てこちらを睨んでいる。
なんだ、やっぱり怪我しただけじゃないか。そう思ったが、それにしては新羅の様子が少し変な気がするし。
それになんだろうこの空気は。
帝人は首を傾けながらも立っていることしか出来ない。取り敢えず先程こちらを睨んでいた臨也に目を向けたが、目が合った瞬間帝人は息を飲んだ。
じっと帝人を見つめてくるその目がなんだかいつものそれと違う気がしたのだ。

何かおかしい?
帝人がそう思ったのは間違いではなかったことを後に知る。
新羅は、帝人の肩に手を置いて臨也にこう言った。

「臨也、この子に見覚えは?」

それに対して首を横に振る臨也。
帝人にはその言葉の意味がよく分からず、戸惑いながら臨也を見た。ただ嫌な予感だけは体を巡っていて。

「あの、臨也さん…?」

コレは一体どういうことですか。
そう聞いた帝人に、臨也は軽く笑ってこんなことを言いだしたのだ。

「悪いけど。君、誰?」












+++
階段から落ちて頭を打ったらしい。
新羅にまず最初に説明されたのはそんな事柄だった。そしてそんな言葉の次に来るお約束といえば、

記憶の欠落。

まさか、冗談でしょう?
最初聞いたときにもう一度聞き返したほど、帝人は信じられなかった。だが帝人にとって新羅はそんな冗談をいう人間ではないし、臨也が帝人を誰だなんて言ったことが何よりの証拠だった。おかげで帝人は自分と臨也の関係とやらを一から話す羽目となった。(関係といってもただの雇い主とアルバイトなのだが。)

此処に帝人が呼ばれたのは、臨也が何かを思い出すきっかけにと新羅が考えたことともう一つ理由がある。それは、帝人がここ1、2年の間で知り合った人間で現在もある程度の関係があるからだという。つまりは、

「全部忘れたというわけではないんだよ。ある特定の時間から現在までの期間の事柄が思い出せないみたいでね。」

ということらしい。

「その、ある特定の時間っていつなんですか?」

「臨也の話を聞いてると、それは、」

「高校2年の夏休み。」

新羅がそこまで言ったところで臨也が口を挟んだ。

「やっと夏休みに入って、シズちゃんにも会わなくてすむって万歳しながら涼しい部屋でアイス食って、長い休日をどうやって過ごそうかって考えていたのがつい最近の話なんだよ。俺にとっては。」

一旦言葉を切ってベットから起き上がった臨也は、短い溜息を吐いた。

「それが何?俺はもう二十歳過ぎで情報屋なんて仕事をしていて、…まあそれは俺らしいとは思ったけど、新羅も俺の知ってる新羅より大人だし、医者志望が医者になってるし。びっくりしすぎて夢かと思ったくらいだ。」

「…はあ。」

臨也の話を聞いていて、帝人も夢だと思いたくなった。成る程確かに面倒なことになっている。
高校の時までということは、自分が知っている範囲で臨也が覚えている人間というのは同じ高校に通っていたあの3人だろうか。静雄に至っては、忘れてられていたほうが静雄さん幸せだったのかななんて帝人は思った。

何にせよ、だ。
臨也が自分を覚えていないというのはたいぶ都合が悪い。自分は臨也の下でアルバイトをしている身であるが、臨也はそれを何も覚えていないのだから、今後も同じようにアルバイトを続けることは難しい。それ以前に、臨也があんな状態ではきっと情報屋の仕事など出来ないだろう。そう考えると、何か別の仕事を探さなければならないなという考えに至って帝人は溜息を吐きそうになった。

(給料良かったし、ちょっと残念かも)

「ねえ、帝人君。」

「え、はい?」

声を掛けられて顔を上げる。何度も自分のことを呼んでいたようで若干イラついた表情の臨也が帝人を見ていた。

「ちゃんと聞いてろよ。俺、君の雇い主なんでしょ。」

「いや、ああ、すいません。」

僕のこと覚えてないんだから今は関係ないじゃないか。そう言ってやりたかったが、何とか飲み込んで帝人は曖昧に謝った。そんな態度に臨也は一瞬不服そうな顔をしたが直ぐに楽しそうに笑う。

「明日俺の家に行こうと思うんだけど、君もついてきてよ。」

「臨也さんの家って、今の?」

「そう!今の俺って新宿に住んでるんでしょ?見てみたいじゃん。」

なんかノリが自分の知っている臨也より子供っぽい気がするのは、今の臨也が高校生までの記憶しかないからだろうか。

「って、何で僕がついてかなきゃいけないんですか。」

「だって俺はどこにあるか知らないし。新羅は病人が1人で出歩くのは駄目だっていうしさ。」

「じゃあ新羅さんが一緒にいったら…」

「ごめん帝人君、明日は大事な仕事が入ってて。悪いんだけど、連れていってやってくれないかな。仕事が終わったらすぐに僕も向かうから。」

それに自分の家を見たら何か思い出すかもしれないし、なんて、そんなことを言われたら何も言えないじゃないか。正直面倒なのは本当に嫌だけれど、

「良いよね。帝人君。」

嬉々としてそう言った臨也に帝人は渋々頷いた。




――――――

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