巡り出会い
□…巡り、出会い
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こんこん、とドアを叩く音が聞こえて、開けに行くとつい一時間前に出ていった男が立っていた。
「…臨也さん。」
どうして、
帝人が呟くと、臨也は安堵したような表情をする。そして困ったように微笑んで、こう言った。
「さっきさ、君に会ったよ」
「…はい?」
「10年前の、君に会った」
『巡り、出会い。』
―――――
「それは、本当なんですか…?」
臨也の話をテーブルを挟んだ向かい側で一通り聞いた帝人は静かに聞き返した。
「俺がこんな嘘吐いて何の意味があるのか逆に聞きたいね。」
まあ余りないですよね。帝人は心の中で同意した。
でも、僅かに信じがたい話ではあるだろう。臨也が言ったのは、さっき5歳の頃の帝人にこの池袋で会ったということだった。彼も色々と聞いた中でそう確定したらしいが、それにしても。しかもその出来事が、10年前の自分の忘れられなかった記憶だという。つまりは―
「えー、と、混乱してきた…」
帝人が唸ってそう呟くと、臨也は肩を竦めた。
「まあ、ある意味単純な話ではあるんだよ。信じがたいことを信じてしまえば。」
信じがたいこと…それはつまり、
「…僕は未来に行ったと?」
帝人の言葉に臨也は静かに肯定する。
「君は10年前に実家である埼玉から10年後の池袋に来た。なぜかは知らないけどね。君がそんな能力を持っていたとか、君のいた場所に何かがあったとかそんなことは今は分からないし。」
「そ、うですね。」
「それで、突然見ず知らずの場所にやってきてしまった君は、さっきまで一緒にいた友達も見当たらず、恐くて泣いていた。そこで俺と会った。」
全身真っ黒で、もふもふのついたコートを着た俺にね、そう言って臨也は先程脱いだコートを手に持って持ち上げた。
「君はさ、昔から真面目だったんだね。」
「…?そうでしょうか。」
「そうだよ。俺がアイス奢ってあげるって言ったら泣きそうになりながら拒もうとするし。本当、今と何ら変わってない。でも今の君と違ってだいぶ素直ではあったね。可愛げもあった。」
「そ、そうですか。」
なんか言葉の節々に刺があるように思えるのは気のせいだろうか。確かに真面目だと言われたことは割とあるけれど、昔からそうかと聞かれれば、正直、覚えていない。臨也はそんな帝人の心情を感じ取ったのか、やれやれといった表情をした。
「本当に君は記憶力ってものがないね。」
「…それは、認めますけど…」
もはや自分の記憶力など言い訳する気も起きない。親友だって自分よりも覚えていたというのに。もし本当にそんな体験をしていたのならもっと覚えておきたかったと少し勿体ない気持ちにもなった。
と、落ち込みそうになった所で、帝人は先程の話を思い返した。臨也が帝人にアイスを奢ったと言う話が今朝聞いた幼馴染みの話と繋がる事に気が付く。
なんだかもう信憑性が一気に増したような、信じるしかないような状況になったわけで。
「つまりは、臨也さんが、10年前僕が会った男の人ってことですよね。」
「何それ今更の確認?…まあ、そういうことになるんだけどね。」
「―…」
…何という。
帝人は呆然と臨也を見つめた。ずっと昔から会いたいと思っていた人物が今目の前にいる。だがその人物は、この一二ヵ月割と一緒にいた人物で。
なんだか不思議な気分だ。そんな気分は10年前のあの時も(確か)感じた。異質で異様で、まるで今までいた場所とは全く違うように感じられたあの時。本当に自分は別の場所にいたわけだけれど。
帝人は僅かに目を伏せて、10年前に言われた言葉を思い出す。そして、近くに置いてある自分の鞄に目を向けた。
自分がこんな都会くんだりまで来た理由。
もし会えたら、聞きたかったこと、気になっていたこと。
先程から見える彼の手にはつい一時間程前にはあった指輪が一つ無くなっている。
少し息を吸い込んだ後、帝人は鞄に手を伸ばして一つのシルバーリングを取り出した。そしてそれをゆっくりと臨也の前に差し出して。
「やっと、お返し出来ますね。」
そう言った帝人の目を見てから、臨也は目の前に持って来られた指輪に視線を移した。
「俺は、さっき手放したばっかりなんだけどね。」
さきほどまでしていたものより鈍く光っているそれは長い年月が経っていることを思わせた。
臨也はそれを手にとることはせず、視線を帝人に戻して口を開いた。
「帝人君はさ、何であの男、つまりは俺があんなことをしたと思う?」
「…それは、」
わからないといえば、どうなのだろうかと帝人は思った。臨也の素性を少なからず知っている今考えると、からかわれたという線が有力なのだか。
今の臨也の顔はいつよりも真剣だった。
「俺はさ、物凄い綱渡りをした気分だったよ。」
「どういう、意味ですか?」
何を言いたいのかさっぱりで首を傾けた帝人に臨也は苦笑して、指先でテーブルの指輪を軽く弾く。
「この手の話は俺別に得意でも何でもないけど、帝人君は物凄い記憶力がないじゃない?」
「それはもう分かりました。自覚してます。」
そう何度も言われんでもと少しむっとしたが、臨也はどうやら帝人をからかいたい訳ではないらしい。帝人は眉を寄せながら答えると、臨也は力を抜くようにテーブルに突っ伏して。暗くなった外を見るように窓の方へ顔を向けて、ゆっくりと溜息を吐いた。
「例えばさ、考えたんだよ。
俺がもしさっき君にその指輪も、メモも渡さなかったら、君はこの池袋には来なかったかもしれない。もし来たとしても、君は俺に話しかけることはなかったかもしれない。」
それは、そうだと帝人も思った。帝人がこの地に来たのは10年前のあのメモ用紙に池袋の名前が書いてあったからだ。
例えもし別の理由で来ていたとしても、臨也に話し掛けることはなかったかもしれない。
「でも俺は君にそれを渡した。それはさ、君にちゃんと此処に来てもらうためだったんだよ。」
「…それは、」
「10年前の君に俺の存在を記憶させて、そして俺に会いに来てもらうため。じゃなきゃ、俺と君は出会うことはなかったわけでしょ?…俺は、それが恐かった。」
だから、今ここに帝人がいることに臨也は今更酷く安心した。帝人の家を訪ねて、ちゃんと帝人が此処にいて、自分の名前を呼んだことにとても安心したのだ。
「指輪はさ、多分俺の気持ち。」
認めざるを得ない自分の気持ち。それを彼に託して、彼はちゃんと自分の所に持ってきて、自分が今の自分と同じ想いを彼に抱くように。
何とも抽象的だと自分で笑ってしまう。なんなら恋文でも書いて渡してやりたかった。
「…ねぇ、帝人君。その指輪、君が貰って。」
「いざや、さん。」
「それは俺の気持ちだから。」
顔を上げずに小さく呟いた臨也は今どんな顔をしているのだろうか。帝人は臨也の言葉を聞きながらそんなことを思った。
「拒否権は、ないような言い方ですね。」
「んー、まぁないかもしれない。君が拒否しても無理矢理にでも貰ってもらうからね。」
今度は少し強気な言葉で、やはり臨也は顔を上げない。
彼らしいけれど、らしくないなとも思う。
帝人はそんな臨也の頭しか見えない状態に苦笑して、テーブルの指輪に手を伸ばした。
じゃあしょうがないじゃないか。
銀色に光るそれを手にとって、自分の指にはめてみる。
少し緩いけれど。綺麗におさまった指輪をまじまじと見つめて、今度は微笑む。
―自分だって考えた。
臨也が自分から離れてしまったら悲しいと感じたことを。それがどういった意味合いを持っているのかについて。自分の気持ちについて。先程言った彼の言葉に高まった胸の鼓動に。
「臨也さん。」
名前を呼んで、やっと彼は顔を上げた。
今まで見たことのないような、何とも言えないような顔をしている臨也に指にはめたリンクを見せ付けてやると、彼はやはり少し笑って。
「今度、君に合うの買ってあげるね。」
呟いて、軽く帝人の手を取った。
「これが良いです。」
これが彼の気持ちだというなら自分はこれが良い。
その言葉に握る力を強められた手を、帝人も強く握り返した。
―青年と出会った幼い少年は、青年の想いをずっと抱き続けて、そして青年と出会う。
―少年と出会った青年は、想いを膨らませて、そして幼い少年に想いを託した。
少年と青年が出会えるように。
巡り、出会い。
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