巡り出会い

□番外編
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(思わず買っちゃった。)

店を出た帝人は、小さな袋を見つめて小さく微笑む。まるで大きな宝物を見つけたような感覚だった。普段なら絶対に手を出さないような代物だけれど、多分自分は一生使わないでとっておくだろう。そう帝人は思いながら、次はどこへ行こうかと動こうとした。
が、すぐ足を止める。
進行方向に、見知った黒い服が見えたのだ。

(うわ臨也さん!)

帝人は慌て真逆の方向に足を向けて走った。多分もう向こうはこっちに気付いている。(一瞬目が合った気がしたからだ)
体力のない体を使って必死に足を動かそうとする。が、動きづらい。
人込みの多いこの通りではとてもじゃないが上手く走れない。帝人はすぐ先に見えた曲がり角で路地裏へと滑り込んだ。
道幅が狭くなり見渡しも良くなる。これでちゃんと走れると帝人は少し先に見える向こう側の道まで全速力で走った。
だがしかし、今日はついてないのかそう上手くは行かずに、途中で脇道から出てきた誰かに思いっきりぶつかってしまった。

「おっ…と」

「うわっ…!」

顔面を激しくぶつけて2、3歩後ろに下がる。片手で顔を抑えつつ、やってしまったと瞬間的に思い、

「ご、ごめんなさ…あ、れ。」

謝ろうとぶつかった人に目を向けるとそこには黒一色の服を着た男がいて。

「臨也さん!?」

「は?」

なんでいるんだ!さっきまで後ろにいたはずなのに!

まさか瞬間移動でもしたのかなんて帝人は混乱するが、こうしてはいられない。臨也に背を向けて来た道を全速力で戻った。
後ろで呼ぶ声がしたが、帝人は止まらずに先程入ってきた路地の出口へと向かう。
ああもう足が限界。
ここを出たら少し歩きたい。なんて思いながら出口に差し掛かったところでまた人にぶつかった。

「うわっ…!」

また同じように顔面をぶつけて、今度は勢い余って後ろに倒れそうになる。けれど寸でのところで腕を引かれて抱き留められた。

「捕まえた。」

「い、ざや、さん?」

覚えのある声に顔を上げると満面の笑みの臨也がいた。
これはどういうことだ。
確かにさっきぶつかったのも彼だったのに。後ろにいたはずなのに。帝人は益々混乱して、臨也に叫んだ。

「臨也さんって瞬間移動でもできるんですか!?」

「え?何の話?」

「だってさっきこの路地の向こうに臨也さんいたじゃないですか!その前はこっちの道にいたし、」

どういうことですか!と帝人が言った言葉に臨也は2秒ほどきょとんとした顔をして、それからケラケラと笑いだした。

「―そっか!ここでか!」

「な、なんですか。」

臨也の様子が理解できず帝人は聞き返す。
臨也は帝人をまじまじと見て成る程と頷いた。

「その格好じゃいくら俺でも一瞬で同一人物だとはおもわない。」

「はい?」

「帝人君。黒猫の絵が書いてあるメモ帳持ってたんじゃない?」

「え?何で知って…っあ、」

はっとして帝人は自分の両手を見る。持っていたはずの袋がなくなっていたのだ。
うそ、と呟いて辺りを見渡すが、今落としたというわけではないようですぐ傍には落ちていなかった。

「僕ちょっと探して、「ないと思うよ。」


帝人がすべてを言う前に引き止めてそう言った臨也。その言葉に帝人は何でですかと怒ったが、臨也はだってさ、と言いながら笑ってこんなことを言い出した。

「俺が持ってっちゃったし」

「…は?」












――――――
いきなり自分の名前を呼ばれて驚いた。
しかもそのすぐ後自分に背を向けて走り去っていった子供。可愛らしいメモ帳の入った袋を落としていったその子供。
帽子を深く被って眼鏡をかけていたので顔は良く見えなかったが、一瞬合ったその目がすぐ後に会った少年と同じものだということに気が付いたのはもっとずっと後のことだった。



「まあ、ヅラ被って眼鏡に帽子被られたら俺だって分かんないよね。」

「いや、まあ、これは、ていうか、じゃあ僕が最初にぶつかった臨也さんは、僕に初めて会う前の臨也さんってことですか?」

「そういうこと。ロングヘアー似合ってたね、女の子にしか見えなかった。」

帝人をまじまじと見て臨也はそう言った。その言葉に帝人は顔を顰める。

「無駄なあがきとでも言いたいんですか。」

「え?全然?」

可愛いじゃん。
と平気でのたまってきた臨也に帝人は呆れて目の前のオレンジジュースを一口飲んだ。
帝人が身につけていた(居たたまれないのでもう外してしまったが)のは、以前バツゲームと称して正臣に無理やり買わされたものだ。ロングヘアーのかつらに度の入っていない眼鏡は自分から見れば気持ち悪いの一言でしかなかったが、正臣からは絶賛された。一緒にいた園原さんにまで可愛いだなんて言われてしまい、何とも言えない気分になったことはまだ記憶に新しい。
今回臨也とのゲームでそれを使ったのは、少しでも目眩ましになればいいなという理由からだった。負ける確立のほうが断然高いと解っていても多少足掻いた方が自分としても面白いからだ。

だが、そんなことは全く通じずにこうして帝人は臨也に捕まってしまったわけだが。
そして今は近くの喫茶店で休んでいるところだった。

「でも驚きです。さっき僕が買った手帳が、僕が小さい頃に貰ったメモ用紙と本当の意味で同じものだったんですね。」

帝人が落としたメモ帳を過去、帝人に出会う前の臨也が拾って、その一枚を後に会う小さい頃の帝人に渡す。
そんな流れだとさっきまで臨也に説明されて、最初はまた混乱したが、すぐに納得できた。

「俺も始めは気付かなかったけどね。確か初めて君と会う直前の出来事だったかな。」

あの時にぶつかった子供が落としていったものを臨也はその時どうしようかと考えて、貰うことにしたのはなんとなく捨ててはいけないような気がしたからだ。
そしてその直後帝人に出会った時に、帝人の目がどうしようもなく気になったのは、その目をその時初めて見たわけではなかったから。
気が付いた時にすべてが繋がってすべての疑問が解けた。
帝人が二度も時間を越えて自分と会ったのは偶然か必然かは分からないが、もし偶然なのだとしたらとんでもない確率なのだろうなと臨也は思い、苦笑した。

「何ですか?」

目の前で仏頂面をして帝人が尋ねる。臨也はなんでもないよと答えて、今度は柔らかく笑った。

「そうだ、ところで帝人君。君は今日俺に負けたわけだけれど。」

「ああ、はい。そーですね。」

臨也の言葉に帝人は更に仏頂面になって答える。最初から勝てるとは思ってなかったが、やはり負けたという響きは悔しいものだ。

「臨也さんは僕に何をしてほしいんですか?」

負けたほうが勝ったほうの言うことを聞くというゲームなのだ。帝人は素直にそう聞くと、臨也は紅茶を一口飲んでからこう言った。


「一緒に暮らそう。」

「…はい?」

「勿論俺の家でさ。一緒に起きて一緒にご飯食べて夜は一緒に寝るの。」

優しく微笑む目の前の男を帝人は唖然として見上げる。
一緒に暮らそうってそれってもしかして。


「そ、そんな言葉は予想してませんでした…。」

「うん?そうなの?でも拒否権はないしねぇ。」

君は俺に負けた訳だし。
そう言って臨也は帝人の前のテーブルに一つの鍵を置いた。
それを暫く見つめて、熱くなった頬を冷ましながら帝人は軽く溜息を吐いた。ああそうかだからこんなゲームを。


「…別に、断るつもりなんて一切合切ないですよ。」

呟いた帝人の言葉に臨也は目を見開いた。そんな臨也に何驚いてんだと帝人は苦笑して鍵を手に取る。
自分が断れないようにするために、ゲームなんか仕掛けて負けたほうが言うことを聞くなんて面倒な事をしなくたって。

「臨也さんって割と臆病ですよね。」

鍵を握り締めて小さく笑った帝人に臨也の方は軽く視線を彷徨わせて、しょうがないだろうと心の中で呟いた。

だって、手放したくないから臆病になる。この先の未来に君がいることを望んでいるから。
出会えたことが奇跡に近いものなら、臆病にもなるじゃないか。

人の気も知らないで、と臨也はまだクスクスと笑っている少年のおでこにでこピンを食らわした。



―――――
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