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「なぁ新羅、俺帝人になんかしたかな」
「何それ。どうしたのさ臨也」
登校して早々に聞いてきた臨也は、頬が見事に腫れていた。それに爆笑しそうになったのを必死に抑えて、新羅は尋ねる。
「朝起きたら帝人に殴られた。グーで」
「は…?」
ていうか一緒に住んでたっけ君たち。
+
「…あ"−」
登校して早々机に突っ伏して妙な声をあげた帝人に、前の席にいた正臣は咄嗟に振り向いた。
「まだ具合悪いのか?帝人」
昨日、昼休みに教室を出て行った帝人はそのまま帰って来ず、代わりに臨也が鞄を取りに来た。ついでとばかりに、帝人は具合が悪いから早退すると先生に言っておけと正臣に声を掛けていったのだ。
今の彼の状態に咄嗟にそれを結び付けて、帝人を案じるようにそう聞いたのだが、答えはどうやら違うらしい。帝人は突っ伏したまま首を横に振った。
「紀田君…僕は甘く見てた…」
「え?何を?」
甘く見てたんだ、そう呟いた後の言葉は言う気がないらしい。黙りこくってしまった友人の頭を正臣はぽんぽんと叩いた
頭に伝わってくる優しさに、帝人は昨日、自分の頭を撫でていた臨也を思い出した。
自分は彼を好きだということを否定したかった。
だって彼は人間を愛している。そのことは帝人も昔からずっと聞いてきたことだ。
彼がひとりの人間に執着することはない
それを知っていて臨也を好きになることは、あまりにも辛いことではないだろうか。
そんな考えが頭の中を駆け巡って咄嗟に僕は否定した。
否定してなかったことにしたかった。
だけど、たぶんそれはもう無理なのだ。僕が臨也を好きだというのはもう僕の中で変えようのない事実となっていてどう自分が否定しようとそれを変えることはことはできない。昨日一日考えた末にそう感じた。
断言しよう。僕は臨也が好きだ。
けれどそれを臨也に言おう何てことは考えていない。臨也に自分の気持ちが知れたらそこで終わりだから。
自分はこの気持ちを墓まで持っていって、今まで通り臨也と一緒に暮らせればそれでいいのだ。そう思った。
―にもかかわらず、今朝のあれだ
朝起きたら、いつものごとく臨也が帝人を抱きまくら代わりにして寝ていた。それは本当に普段通りの一日の始まり、普段通りの朝だった。けれどそのぬくもりがいつも以上に心地よく感じて、
一生このままで良いかも、とか、
いっそ抱きしめ返してやろうか、とか、
そんな言葉が浮かんできてその衝動を抑える勢いで、つい
(殴ってしまった、グーで)
気が付いた時には臨也の驚いた表情が見えた。訳が分からない、そう言っているような目に居たたまれなくなって、帝人は咄嗟に言い訳をした。
「あ"ー、あ"あ"−」
「ぅおう、またか」
よしよし、と頭をなでる正臣の優しさに帝人は涙が出そうになる。
(僕は甘く見てた)
今まで通り暮らすことも無理なのか。
++
「−それで、「熊と闘ってる夢見た!」つって、俺を置いて学校に行ったの。」
臨也は痛む頬を押えながら新羅に朝の出来事を話していた。新羅はそれを、笑いを堪えながら聞いている。
やがて我慢ならなくなって噴出した。
「いやー、傑作だねその顔」
「お前もそんな顔にしてやろうか。今すぐ」
友人(?)の笑い声に半ばキレそうになりながらそう言うと、それだけは勘弁して、と真顔で手を振られた。
「遠慮しなくていいのに」
「それより、毎日のように布団に忍び込まれて良く嫌じゃないね、帝人君」
そう言われて臨也は少し考える。
もしかして今朝のは嫌がっていたのだろうか。いや、でもああやって寝るのは小さい頃からずっとやっていたことだし、臨也にとってそれを拒否されることは、何を今さら、という気持ちである。
それに、自分が帝人に抱きついて寝ることはぶっちゃけ仕方がないことだ。
だって寝れないから、彼がいないと。
それに気付いたのはやはり帝人と離れてからで、その時臨也は寝不足気味な日々を送っていた。
ああ、自分は彼がいないとだめなのだと。
そう思い知らされた出来事の一つだ。
そこまで考えて、あの時は馬鹿な事をしたなぁ、と自分で思う。
寝不足(帝人がいないこと)はストレスに変わって、その解消方法として臨也は色々酷いことをやった。まあ半分は趣味のようなものだが、その所業を帝人に知られれば確実に嫌われる自信はあった。
ピリッと頬が痛んで、今朝の出来事を思い出す。最近の帝人の様子は一言で言うと理解できない。この間は自分を置いて先に帰るし、突然彼女がどうとか聞いてくるし。今朝のことだって、自分を殴って帝人が言った言葉は苦し紛れの嘘だ。なぜそんな赤い顔をしてそんな嘘を吐くのか理解できず臨也は首を傾げるしかなかった。
「最近ホント変なんだよね、帝人」
溜息をつきながら臨也は呟いた。単なるひとりごとだったのだが、それを聞きとったんだか、目の前で新羅がピシリと固まった。
「何その反応」
「え?何でもー…」
「…お前、何か知ってんの?」
そう聞くと、新羅はさっと目を逸らした。こいつやっぱり何か知ってる。
臨也は、いつも隠しもっているナイフをことり、と机の上に置いて新羅に向かってにこりと笑った。
対する新羅は、机のナイフと臨也の表情を交互に見て、ひくりと顔を引きつらせる。そして、観念したように溜息を吐いた。
「別に、大した事じゃないんだけどさ」
じゃあなんでそんな言いにくそうな顔をしている。
そう突っ込みたくなったが押し止まって、そのまま話を聞く体制になる。
「この間放課後に帝人君と話しててさ、ほら、キミが帝人君置いて静雄を追いかけっこしてた時」
「追い駆けっこじゃない。殺し合いだ。」
「…まあそれはどっちでもいいけど、その時彼に聞かれたんだ、中学の時の臨也はどんなだったかって」
「え?」
新羅のその言葉に臨也は目を見開く。聞かれたということはその後に続く言葉は―
「ちょっとだけしゃべっちゃった」
「…はぁ!?」
えへ、とでも言わんばかりのその顔に思わず新羅の首を掴んだ。
「お・ま・え・は…!」
「い、いや。別に口止めされてなかったし!それにまだ帝人君が変なのとそれが関係あるかなんてわからな…て、ちょっ、やめてギブギブギブ」
―帝人に知られれば確実に嫌われる自信がある
まさか、と最悪のことを考えて臨也は手の力を抜く。新羅はげほげほと咳をしているがそんなことを意識する余裕はない。
(てことはもしかして)
最近おかしいのも、今朝の行動も全部自分を迷惑がって困っているとかそういうこと!?
ああ、と溜息が洩れて机に突っ伏した。
帝人に嫌われるのは痛い、相当痛い。他の人間に嫌われるのは別に何も気にならないが。帝人にだけは嫌われたくなかった。あわよくば好きになってほしいとか考えているのだから余計だ。
そうすると少なくとも今は帝人に良く思われていないんだろう。そう勝手に思い込んで、これからどう挽回したものか、とか、新羅にどう仕返ししたものか、などと頭の中でぐるぐると考えて、よしこれから帝人の俺への印象を改善しよう計画を立てようと考えていた。
その時だ。
廊下の方で幼馴染の名前を叫ぶ声が聞こえたのは。