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紀田正臣は言った
―それは恋なのだと






僕が、臨也を、好きだって…?


相手が臨也だと口にした瞬間、顔が少し熱くなる。何の反応もない紀田君を余所に僕は顔を手で覆って考えた。

もしそれが本当なら、確かにすべてに納得がいく。僕が気になっていることは全部、臨也の恋愛に関すること。付き合ってた人がいたということにムカついたのはたぶん、嫉妬だ。そして彼に今そういう類の人がいないことに安心したのもたぶんそういうことで。


なんでそんなことが気になるのか。それは僕が臨也のことが好きだからということなのではないか。
もしかしたら中学で彼がいなくなってからずっと会いたいと思っていたのも、探しに行きたい衝動に駆られたのも、頭からずっと離れなかったのも、つまりは全部、僕が臨也が好きだったからではないのか。

僕が今までしてきたことは、全部。

そこまで考えて自分で自分の気持ちに結論をつけようとした時
頭の片隅であることが過った

そして僕は否定する

「―違う、」

違う、違う違う。これは絶対にそんなんじゃ、ない。全部気のせいだ。恋なんかじゃない、好きなんかじゃない。
違うんだ、絶対に。違わなきゃいけない。

「…違うよ、紀田君」

「え?」

いつの間にか意識がこっちに戻ってきていたらしい。目の前から返事が返ってきた。

お願いだから否定して

「違うよね、さっきの」

そう、乞う様に彼に言った。

それに気付いたのかどうかはわからないが、少し考えるようにして紀田君は「そうだよな」と笑う。

「だよな!さすがにそれはないよな!」

「そうだよね!もー紀田君変なこと言わないでよ」

「わりいわりい」

そう言って、互いに乾いた笑いをした。

―絶対に違う、と








+++++++
紀田君にはジュースを買いに行くと言って僕は廊下に出た。

(…頭痛い)

色々と考え過ぎたせいだろうか。思いのほか足も重い。さっきの名残なのか顔もまだ熱いし。保健室にでも行こうかとも考えたが、次の時間は残念ながらテストがある。這ってでも行かなければならない。
ベットで横になりたい衝動を抑え、重い足を動かして自動販売機のある方向へ向かう。
その途中、後ろから声を掛けられた。

「おや、帝人君じゃないか。」

「新羅さん」

後ろを振り向くとジュースを二つ持った新羅さんが立っていた。そこで自分が目的の場所と違う方向に歩いていたことに気が付く。そこまで頭が回っていないのだろうか。

「―帝人君。大丈夫かい?顔色が悪い。」

「い、いえ、気にしないでください。それより、二つもジュース飲むんですか?」

話をそらすためにそう質問すると、新羅さんはいやいや、と苦笑した。

「これは臨也の分。自販機で静雄と鉢合わせしてね。持ってろって投げられたんだ」

「…またですか」

いつもなら昼休みに顔を出してくる臨也が来なかったのはそういうことか。
今現在学校中を逃げ回ってるだろう彼のことを考えて溜息を吐く。

臨也と静雄は会えばすぐ喧嘩をする。それは中学の頃からずっとだそうだが、それは臨也が主に原因らしい。
少しでも目が合えば戦争の合図。何十分、下手したら何時間も追いかけっこ紛いのことをして、それを僕は見ながらずっと待っているのだ。
たぶん、そうしている間臨也は僕のことなど忘れてしまっているのだろう。だからあんな何時間も待たせてあの戦争を楽しんでいる。そういう風にしか見えない。

―静雄君にも負けてるんだ僕は

そんな有らぬ考えまで浮かんでしまい、またあの感情が現れる。
まるで嫉妬しているような。

ああいやだ。

足元がぐらつく、
考えも定まらない、
頭がぐらぐらする。
もう嫌だ
もう嫌だ
もう嫌だ。

「もういやだ…」

「え?帝人く…ちょっ!」

目を閉じた瞬間、世界が揺らいだ













++++++++++
頭をなでられるような感覚に、ゆっくりと目を開けると真っ白な天井が視界に入る。

「起きた?」

声がした方に目を向けると、幼馴染が複雑そうな顔でこちらを見ていた。

「…ここは?」

「保健室。帝人、昼休みに廊下で倒れたんだって。新羅がそう言ってた」

ああ、そうか。新羅さんと話してからの記憶がないのはそういうことか。その時の記憶がうっすらと戻ってきて、ふと壁にかかった時計を見ると、5限が丁度終わる時間帯。

「…ああぁ、テストが…」

割と大事なテストだったのに。そう僕が嘆くと、臨也が顔を顰めた。

「ちょっと、そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ。熱あるんだよ、熱。そんな状態でテスト受けたってろくな点数取れやしないって」

聞き捨てならない。だがもっともな言葉なので僕は何も言わずに臨也を見る。彼はまだしかめっ面をしていた

「朝から顔色悪かったから、心配はしてたんだよ。昼休みにさ、温かいもんでも買って帝人のとこに行こうと思ってたら、シズちゃんが来やがって。ほんとあいつ空気読めないよね。しねばいいのに」

おかげでホットミルクティーじゃなくなっちゃったよ、と片手に持った缶を振って見せた。

それを聞いて、自分のことを考えてくれていた臨也に頬が緩みそうになる。どうしよう、思いのほか嬉しい。熱い顔がさらに熱くなった気がして、頭から毛布を被った。

「どうしたの、帝人」

「…」

なんとなく今の自分の顔は見られたくなかった。なんて言ったってしょうがない。僕は何も言わず、動かなかった。
そんな僕を怪訝な顔で見ているのだろう。臨也の視線をしばらく感じて、その後溜息を吐かれた。

「…もう少し寝たらいいよ。そしたら一緒に帰ろう?」

優しげな声が聞こえて、僕はこくりと頷いた。すると、頭を撫でられる感覚がしてゆっくりと目を閉じる。
昔から臨也は、僕が風邪を引いて寝込んだ時はいつもこうやって隣で心配そうな顔をして頭を撫でてくれた。それが心地よくて安心して、好きだった。


彼が好きなんじゃないかって、僕は無意識に思っていたのかもしれない。だから紀田君に、恋の悩みだろ、だなんて言われた時、ズバリと当てられたような気がしたのだ。彼にもそう見えるのか、なんて。
今も頭の片隅では思っている。そうなんじゃないかって。僕は臨也がそういう意味で好きなんじゃないかって

僕はそれを否定する。いや、否定したかった。


―だって、これが恋なら



(絶対に報われないじゃないか)








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